U 狼と白鳥の群れ


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再び目が覚めると、既に夜が明けておる。
寝台列車でぐっすり眠るのは実にいい気分じゃの。




秋田じゃ。

ビッグシティじゃの。


秋田を出ると、わっちの大好きな穀倉地帯じゃ。


秋田というところは、その昔は羽後じゃ。

羽後には安東水軍で知られる安東氏の末裔が住んでおった。
戦国時代末期、常陸の大名、佐竹氏は、すぐ隣の武蔵・徳川による東軍参戦要請に対し、
関ヶ原には参戦せんかった。日和ったのじゃな。
じゃが、その代償は高いものになった。
佐竹氏は50万石を超える大大名じゃったが、徳川の命によって、遠国僻地の羽後秋田へ転封となった。
収入は半分以下になり、貧窮となった佐竹氏は、そりゃぁもう、必死になって耕したのじゃ。

その結果がこれだよ!



八郎潟じゃ!


3月の中旬といえば、春とも冬ともいえん微妙な時期じゃ。

ま、本物の冬の来ない関東の人間にはわからんじゃろうがの。



秋田は北国じゃが、さすがに3月ともなると雪もそう残っておらん。

海の近くは暖かいからの。なおさらじゃ。



じゃがの、北へ向かい、能代からはさらに山に入って標高を上げてゆく。

そうするとどうじゃ、

枯れ田んぼは次第に雪に埋もれた田んぼになり、



鷹巣をすぎる頃にはもう、辺り一面真っ白じゃ。





大館に至りてはまだ真冬じゃった。



こうしてみると、北国の冬の田んぼもいいもんじゃの。


じゃが、気をつけねばならんこともありんす。
田んぼには必ず用水路があるということじゃ。
流れる水はそう易々とは凍りてつきはせん。
降り積もった雪に隠れているだけじゃ。わっちの牙のようにの。



そして、油断して近寄る者がおったら、牙は容赦なく人を襲うであろう。



そこに用水路があることを知らずに雪原に踏み出すと、
落とし穴のように真っ逆さまじゃ。

なにしろこの時期の雪融けみずじゃからの。
3分で心臓まで凍りついてしまうであろう。

万が一、氷水から助かったとしても、水路の先は川じゃ。
関東以西の人間にはわからんじゃろうがの、この時期の川は雪融け水を集めて増水期じゃ。
まず助かりんせん。


せいぜい気をつけることじゃの。


そんな中でも、春の到来を匂わせるものはある。
ところどころ、田んぼの雪が融けておるのじゃ。

真っ白な田んぼの中に、直径10メートルから20メートルぐらいの水場ができておる。
融雪剤かもしれんの。
融けた水がたまって、ちょっとした池のようになっておるのじゃ。


そこに群れておるのが、



白鳥じゃ。






白鳥だけではない。

ぬしの大好きな鴨汁の素も大量におりんす。
げに馨しきは焼けた鴨の脂の染みた長ネギの香りじゃ。



10羽、30羽、いや、50羽単位でまとまっておる。

最初のうちは物珍しさに写真を撮るが、すぐに飽きる。
いくらでもおるからの。


いよいよ上り線路すら雪で覆われるようになってきおった。



いよいよ、峠越えじゃ。

矢立峠を越えると、山の向こうは青森、文字通り地の果てじゃ。




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