ヨハン・フリードリヒ (ザクセン選帝侯)の完成版のソースを表示

==ヘッダ==
{{基礎情報 諸侯
| 文字色 = Black
| 色 = Khaki
| 文字色2 = DarkGreen
| 色2 = Moccasin
| 君主号 = ザクセン選帝侯
| 君主号原語 = Kurfürst von Sachsen
| 人名 = ヨハン・フリードリヒ
| 紋章 = Armoiries Saxe2.svg.png
| 紋章サイズ = 24px
| 在位 = 1532年 - 1547年
| 画像 = ファイル:Lucas Cranach d. Ä. 044.jpg
| 画像サイズ = 250px
| 画像説明   = [[ルーカス・クラナッハ|クラナッハ]]作（1531年）
| 名（言語A） = {{Lang-de|Johann Friedrich I.}}
| 渾名 = {{Lang-de|der Grossmütige}}
| 渾名訳 = 度量公<ref name="ブリタニカ"/>、豪胆公<ref name="TFAM-クラーナハ"/>
| 家名 = [[エルネスティン家]]
| 父親 = [[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]
| 母親 = {{仮リンク|ゾフィー・フォン・メクレンブルク|de|Sophie von Mecklenburg (1481–1503)|label=ゾフィー}}
| 出生日 = 1503年6月30日
| 生地 = {{仮リンク|トルガウ|de|Torgau}}
| 死亡日 = {{死亡年月日と没年齢|1503|6|30|1554|3|3}}
| 没地 = [[ワイマール]]
| 宗教 = ルター派（[[プロテスタント]]）
| 配偶者1 = [[ジビュレ・フォン・ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク|ジビュレ]]
| 配偶者2 = 
| 配偶者3 = 
| 配偶者4 = 
| 配偶者5 = 
| 配偶者6 = 
| 配偶者7 = 
| 配偶者8 = 
| 配偶者9 = 
| 配偶者10 = 
| 別号1 = テューリンゲン方伯
| 別号原語1 = {{Lang|de|Landgrafen von Thüringen}}
| 別号在位1 = 1532年 - 1547年
| 別号2 = ザクセン公
| 別号原語2 = {{Lang|de|Herzog von Sachsen}}
| 別号在位2 = 1547年 - 1554年
| 別号3 = 
| 別号原語3 = 
| 別号在位3 = 
| 別号4 = 
| 別号原語4 = 
| 別号在位4 = 
| 別号5 = 
| 別号原語5 = 
| 別号在位5 = 
| 別号6 = 
| 別号原語6 = 
| 別号在位6 = 
| 別号7 = 
| 別号原語7 = 
| 別号在位7 = 
| 別号8 = 
| 別号原語8 = 
| 別号在位8 = 
}}
'''ヨハン・フリードリヒ'''（ヨハン・フリードリヒ1世、 {{Lang-de|Johann Friedrich I.}}、1503年 - 1554年）は、[[神聖ローマ帝国]]時代のドイツ有力諸侯の一人である。

[[ザクセン選帝侯]]家である[[エルネスティン家|エルンスト家]]に生まれたヨハン・フリードリヒは、1532年に父の死によってザクセン選帝侯位を継いだ。その頃のドイツでは[[マルティン・ルター]]を中心とする[[宗教改革]]の真っ最中で、カトリック派とプロテスタント派の対立が先鋭化しつつあった。カトリック派の世俗権力の長だった神聖ローマ皇帝[[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]に対し、プロテスタント派のドイツ諸侯は団結して立ち向かおうとした。その長となったのがザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒである。

帝国西方におけるイスラム教徒の進出や、フランス王国との対立の影響で、神聖ローマ帝国内のカトリックとプロテスタント各派は対立しつつも、対外政策では協力関係にあり、宗教問題については帝国議会での議論を重ねていた。しかしイスラム教徒やフランスの問題が一段落すると、皇帝カール5世・カトリック勢とプロテスタント勢は武力衝突（[[シュマルカルデン戦争]]）を起こした。ヨハン・フリードリヒは、このときプロテスタント側の[[シュマルカルデン同盟]]を率いた。

しかし、ヨハン・フリードリヒにとって身内の親族で、分家にあたるザクセン公モーリッツが皇帝派に寝返ったことが決定打になって、プロテスタントは戦争に敗れた。ヨハン・フリードリヒは戦いの最中に捕囚となり、ザクセン選帝侯位は剥奪されてモーリッツに与えられた。ヨハン・フリードリヒの降伏にあたって、選帝侯位の剥奪と自身の終身幽閉と引き換えに、妻と息子たちは助命され、チューリンゲン方面に小領地を与えられることになった。これにより、ヨハン・フリードリヒはエルネスティン家の最後の選帝侯となり、以後一族はザクセン＝ワイマールやザクセン＝コーブルクなどの小諸侯に分かれて存続することになった。皇帝カール5世は新ザクセン選帝侯になったモーリッツの勢力があまりにも強大になることを防ぐためにエルネスティン家を残したと考えられている。

ヨハン・フリードリヒは


==出自と家柄==
===出自===
[[ファイル:Lucas Cranach the Elder - Portrait of Johann Friedrich the Magnanimous.jpg|thumb|250px|right|1509年の肖像画（[[ルーカス・クラナッハ|クラナッハ]]作）]]
{{multiple image
 | align     = left
 | direction = vertical
 | image1    = Lucas Cranach the Elder - Portrait of Johann the Steadfast 1509.jpg
 | width1    = 150
 | alt1      = 父ヨハン
 | caption1  = 父ヨハン（1509年。[[ルーカス・クラナッハ|クラナッハ]]作）
 | image2    = Sophie of Mecklenburg (1481–1503).jpg
 | width2    = 150
 | alt2      = 母ゾフィー
 | caption2  = 母ゾフィー（1500年。[[ルーカス・クラナッハ|クラナッハ]]作）
}}
ヨハン・フリードリヒは、代々[[ザクセン選帝侯]]を継いできた[[ヴェッティン家]]の宗家[[エルネスティン家|エルンスト家]]に生まれた。ヨハン・フリードリヒが誕生した1503年の時点では父の[[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]は[[ザクセン選帝侯]][[フリードリヒ3世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ3世]]（在位：1486年-1525年）の弟という立場だった<ref name="ADB-父JdB"/>。

母親は{{仮リンク|メクレンブルク公|de|Herzog zu Mecklenburg}}{{仮リンク|マグヌス2世 (メクレンブルク＝シュヴェーリン公)|label=マグヌス2世|de|Magnus II. (Mecklenburg)}}の娘で{{仮リンク|ゾフィー・フォン・メクレンブルク＝シュヴェーリン|label=ゾフィー|de|Sophie von Mecklenburg (1481–1503)}}といったが、ヨハン・フリードリヒを産んでまもなく死去している<ref name="NDB"/>。その後、父は1513年に再婚した。その相手は{{仮リンク|マルガレーテ・フォン・アンハルト＝ツェルプスト|label=マルガレーテ|de|Margarete von Anhalt}}といい、{{仮リンク|アンハルト＝ケーテン侯国|label=アンハルト＝ケーテン侯|de|Fürstentum Anhalt-Köthen}}{{仮リンク|ヴァルデマール6世 (アンハルト＝ツェルプスト侯)|label=ヴァルデマール6世|de|Waldemar VI. (Anhalt-Köthen)}}の娘だった。

ヨハン・フリードリヒの生誕地は{{仮リンク|トルガウ|de|Torgau}}である<ref name="ADB"/><ref group="注">トルガウからエルベ川を約40km下ると、ザクセン選帝侯家の中心都市でありルターの宗教改革の中心地でもある[[ルターシュタット・ヴィッテンベルク|ヴィッテンベルク]]がある。また、トルガウから西へ40kmほどいくと[[ライプツィヒ]]がある。</ref>。幼少期のヨハン・フリードリヒは、トルガウと[[ワイマール]]にあるザクセン家の宮廷で教育を受けた。その教育は[[人文主義者|人文主義]]的な色彩が濃かったというが、体格に恵まれたヨハン・フリードリヒはむしろ武芸を好んだと伝わる<ref name="NDB"/>。貴族趣味として狩猟の愛好者で、多くの領邦君主や王侯たちとともに狩猟にうちこむ面もあった<ref name="NDB"/>。

熱烈なルター派だったが、性格は頑固で融通が効かず、現実に見合った政治的妥協ができない性分だったと評されている<ref name="NDB"/><ref name="ADB"/>。
===系図===
{{Template:家柄3代
|name = ヨハン・フリードリヒ（1世）
|CoA = Armoiries Saxe2.svg.png
|CoAsize = 35
|生 = 1503.{{0}}6.30<ref name="ADB"/>
|没 = 1554.{{0}}3.{{0}}3
|f号 = [[ザクセン選帝侯]]
|f名 = [[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]
|f家 = [[ヴェッティン家]][[エルネスティン家|エルネスティン系]]
|f生年 = 1468
|f没年 = 1532
|m号 = [[メクレンブルク＝シュヴェーリン|メクレンブルク＝シュヴェーリン公]]女
|m名 = [[:en:Sophie of Mecklenburg (1481–1503)|ゾフィー]]
|m家 = 
|m生年 = 1481
|m没年 = 1503
|ff号 = [[ザクセン選帝侯]]
|ff名 = [[エルンスト (ザクセン選帝侯)|エルンスト]]
|ff生年 = 1441
|ff没年 = 1486
|fm号 = [[バイエルン・ミュンヘン公国|バイエルン・ミュンヘン公]]女
|fm名 = [[:en:Elisabeth of Bavaria, Electress of Saxony|エリーザベト]]
|fm生年 = 1443
|fm没年 = 1484
|mf号 = [[メクレンブルク＝シュヴェーリン|メクレンブルク＝シュヴェーリン公]]
|mf名 = [[:en:Magnus II, Duke of Mecklenburg|マグヌス2世]]
|mf生年 = 1441
|mf没年 = 1503
|mm号 = [[ポメラニア公国|ポメラニア公]]女
|mm名 = [[:en:Sophie of Pomerania, Duchess of Mecklenburg|ゾフィー]]
|mm生年 = 1460
|mm没年 = 1504
|fff号 = [[ザクセン選帝侯]]
|fff名 = [[フリードリヒ2世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ2世]]
|fff生年 = 1412
|fff没年 = 1464
|ffm号 = [[オーストリア君主一覧|内オーストリア公]]女
|ffm名 = [[マルガレータ・フォン・エスターライヒ (1416-1486)|マルガレータ]]
|ffm生年 = 1416
|ffm没年 = 1486
|fmf号 = [[バイエルン・ミュンヘン公国|上バイエルン＝ミュンヘン公]]
|fmf名 = [[アルブレヒト3世 (バイエルン公)|アルブレヒト3世]]
|fmf生年 = 1401
|fmf没年 = 1460
|fmm号 = [[:de:Fürstentum Grubenhagen|グルーベンハーゲン侯]]女
|fmm名 = [[:en:Anna of Brunswick-Grubenhagen-Einbeck|アンナ]]
|fmm生年 = 1414
|fmm没年 = 1474
|mff号 = [[:de:Herzog zu Mecklenburg|メクレンブルク公]]
|mff名 = [[:de:Heinrich IV. (Mecklenburg)|ハインリッヒ4世]]
|mff生年 = 1417
|mff没年 = 1477
|mfm号 = [[ブランデンブルク選帝侯]]女
|mfm名 = [[:de:Dorothea von Brandenburg (1420–1491)|ドロテア]]
|mfm生年 = 1420
|mfm没年 = 1491
|mmf号 = [[ポメラニア公国|ポメラニア公]]
|mmf名 = [[:de:Erich II. (Pommern)|エーリッヒ2世]]
|mmf生年 = 14??
|mmf没年 = 1474
|mmm号 = [[ポメラニア公国|ポメラニア公]]女
|mmm名 = [[:de:Sophia von Pommern († 1497)|ゾフィア]]
|mmm生年 = 1435
|mmm没年 = 1497
|bros= *（異母妹）マリア（[[:de:Maria von Sachsen (1515–1583)|Maria von Sachsen]]（1515-1583））[[ポメラニア]]公妃<br>*（異母妹）マルガレーテ（Margarete（1518-1545））[[リースタル]]男爵[[:en:Hans Buser|Hans Buser]]妃<br>*（異母弟）ヨハン（Johann (II)（1519-1519））生後間もなく死去<br>*（異母弟）{{仮リンク|ヨハン・エルンスト (ザクセン＝コーブルク公)|de|Johann Ernst (Sachsen-Coburg)|label=ヨハン・エルンスト}}（Johann Ernst（1521-1553））ザクセン＝コーブルク公
|rels=
}}
===父系図===
<small>*「♀」は女性。</small>
:＜'''[[ヴェッティン家]]'''＞
:[[フリードリヒ2世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ2世]]「寛大公」 (1412-1464) [[ザクセン選帝侯]]・[[テューリンゲン方伯]]
:｜＜'''[[エルネスティン家]]'''＞
:｜[[エルンスト (ザクセン選帝侯)|エルンスト]] (1441-1486) [[ザクセン選帝侯]]・[[テューリンゲン方伯]]・[[マイセン辺境伯]]
:｜｜[[フリードリヒ3世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ3世]]「賢明公」 (1463-1525) [[ザクセン選帝侯]]
:｜｜[[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]「不変公」 (1468-1532) [[ザクセン選帝侯]]
:｜｜｜'''[[ヨハン・フリードリヒ (ザクセン選帝侯)|ヨハン・フリードリヒ]]''' (1503-1554) [[ザクセン選帝侯]]
:｜
:｜＜'''[[アルベルティン家]]'''＞
:｜[[アルブレヒト3世 (ザクセン公)|アルブレヒト3世]] 「勇敢公」(1443-1500) [[ザクセン公]]
:｜｜[[ゲオルク (ザクセン公)|ゲオルク]] 「髯公」(1471-1539) [[ザクセン公]]
:｜｜｜{{仮リンク|ヨハン・フォン・ザクセン (ザクセン公)|label=ヨハン|de|Johann von Sachsen (1498–1537)}} (1498-1537)。妻は [[ヘッセン方伯]][[フィリップ1世 (ヘッセン方伯)|フィリップ1世]]の姉{{仮リンク|エリザーベト・フォン・ヘッセン|label=エリーザベト|de|Elisabeth von Hessen (1502–1557)}}
:｜｜｜♀[[クリスティーナ・フォン・ザクセン (1505-1549)|クリスティーナ]] (1505-1549) [[ヘッセン方伯]][[フィリップ1世 (ヘッセン方伯)|フィリップ1世]]の妃
:｜｜｜♀[[マグダレーネ・フォン・ザクセン|マグダレーネ]] (1507-1534) [[ヨアヒム2世 (ブランデンブルク選帝侯)|ヨアヒム2世]]（のちの[[ブランデンブルク辺境伯|ブランデンブルク選帝侯]]）の妃
:｜｜[[ハインリヒ4世 (ザクセン公)|ハインリヒ4世]] 「敬虔公」 (1473-1541) [[ザクセン公]]
:｜｜｜[[モーリッツ (ザクセン選帝侯)|モーリッツ]] (1521-1553) [[ザクセン公]]・のちにザクセン選帝侯。妻は[[ヘッセン方伯]][[フィリップ1世 (ヘッセン方伯)|フィリップ1世]]の娘
:｜｜｜[[アウグスト (ザクセン選帝侯)|アウグスト]] (1526-1586) ザクセン選帝侯

==時代背景==
===ドイツにおける宗教の分裂===
{{左|
{{File clip2 | Lucas Cranach d.Ä. - Friedrich III. von Sachsen, genannt der Weise, 1507-1508 (Germanisches Nationalmuseum).jpg | width = 120 | 8 | 30 | 55 | 30 | w = 472 | h = 600 |align=right| 「賢明公」フリードリヒ3世（1508年頃）}}
{{File clip2 | Junker-Jörg-ML.jpg | width = 120 | 1 | 18 | 46 | 18 | w = 403 | h = 599 |align=right| ルター（1520年頃）}}
{{File clip2 | Lucas Cranach d.Ä. - Herzog Georg von Sachsen (Veste Coburg).jpg | width = 120 | 0 | 10 | 22 | 5 | w = 456 | h = 600 |align=right| 「髭公」ゲオルク（1524年頃）}}
}}
「賢明公（der Weise）」と称された伯父フリードリヒ3世は、当時のドイツ（神聖ローマ帝国）を代表する有力諸侯だった。1519年に皇帝[[マクシミリアン1世 (神聖ローマ皇帝)|マクシミリアン1世]]が死去した際には、その後継者として神聖ローマ皇帝候補に挙げられたほどの人物である<ref name="はじめて-61"/><ref name="時代-13"/>。フリードリヒ3世を皇帝に推薦したのはローマ教皇[[レオ10世 (ローマ教皇)|レオ10世]]であるが、フリードリヒ3世はこれを辞退し<ref group="注">辞退した理由は、名目上は高齢のためとなっている。しかし実際には、皇帝になると出費がかさむ（当時の神聖ローマ皇帝には、特に直轄地などは無く、皇帝としての収入は皆無に等しかった）ことを嫌ったとか、国際的な諸問題（対イスラム、対フランス）に関わり合いになることを嫌ったとかの説がある。フリードリヒ3世ははじめフランス王[[フランソワ1世 (フランス王)|フランソワ1世]]を次期皇帝に推していたが、富豪[[フッガー家]]をバックにした[[ハプスブルク家]]の[[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カルロス]]が莫大な金額を示したことで買収に応じ、皇帝選挙ではカルロス（カール5世）に投票した。</ref>、[[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]が皇帝に選出された<ref name="はじめて-61"/><ref name="時代-13"/>。

その頃ドイツでは[[宗教改革]]が起こりつつあった。その中心人物の一人である[[マルティン・ルター]]は、ザクセン・エルンスト家の宮廷が置かれた[[ルターシュタット・ヴィッテンベルク|ヴィッテンベルク]]の大学の神学者だった。はじめフリードリヒ3世は過激なルターに対して半信半疑で距離をおいていたが、のちに庇護者となり、1521年の[[ヴォルムス帝国議会 (1521年)|ヴォルムス帝国議会]]でルターに対し事実上の死刑宣告<ref group="注">正確には[[帝国アハト刑]]。その効力は神聖ローマ帝国内での「安全を保証しない」という刑だが、ローマ教会はすでにルターに対して死刑を宣告していたので、実質的にいつ誰がルターを殺害してもよい状態となった。</ref>がだされたあと、秘かにルターを匿った<ref name="はじめて-61"/>。以後、フリードリヒ3世はルターの庇護者となった<ref name="はじめて-61"/>{{refnest|group="注"|フリードリヒ3世がルターを庇護したのは、必ずしも純粋な信仰心からというわけではなかった。フリードリヒ3世はルターの主張を容れて[[レオ10世による贖宥状]]の販売を禁じることで、領内の財貨がローマへ流出することを食い止めるとともに、自身が収拾していた[[聖遺物]]コレクションの価値を守ろうとしたのだった。当時、ローマのカトリック教会はドイツ諸侯の領内で自由に課税し、領民を搾取していた。自領からカトリック教会勢力を駆逐することは、ドイツの領邦君主たちにとっては自領の経済を好転させることにつながるのだった<ref name="はじめて-53"/>。}}。

一方、ザクセン盟主のエルネスティン家からみると分家にあたるアルベルティン家のザクセン公領地では、「髭公」[[ゲオルク (ザクセン公|ゲオルク]]（1471-1539）がカトリックを奉じ、「ルターの不倶戴天の敵<ref name="時代-30"/>」として反ルター・反宗教改革の立場を強めていた<ref name="三○○-213"/><ref group="注">もともと、ザクセンは伝統的に宗教改革派と対立してきた歴史がある。ルターら16世紀の「宗教改革」者たちの先駆的な人物として、ザクセンと隣り合う[[ボヘミア]]では、15世紀に[[ヤン・フス]]という人物がでている。フスはカトリック教会を批判して宗教改革を唱えたが、捕らえられて殺された。しかし信徒たちは[[フス戦争]]を起こし、数十年にわたって戦乱が続いた。ボヘミアと領地を接していた[[ザクセン公国]]はしばしばその影響を蒙っていた。</ref>。髭公ゲオルクは若い時分に聖職者を目指して神学を修めた人物で、1523年には領内から全てのルター派聖書を没収するなど強硬策をとっていた<ref name="三○○-213"/>{{refnest|group="注"|1519年にルターが反ルター派と対峙した[[ライプツィヒ討論]]は、ゲオルクの主催でザクセン公国の[[ライプツィヒ]]で行われたものだった<ref name="時代-29"/>。この場でゲオルクはルターの発言に対し「おお神よ、疫病だ！」と叫んだ<ref name="時代-30"/>。}}。

ルターはしばしば過激な主張を行い、ドイツの諸侯や諸都市はプロテスタントとカトリックに分かれたものの、諸侯のあいだでは対立はまだそれほど激しくはならなかった。1523年の[[騎士戦争]]や1524年の[[ドイツ農民戦争]]では、ドイツ諸侯は宗派の違いに関わりなく協力して対処した<ref name="ドイツ史I-408"/>。

カトリック派の代表格で、ルターに追放刑を命じた張本人であるハプスブルク家出身の皇帝カール5世も、この時期にはプロテスタント側に対してあまり強い態度に出ることはできなかった<ref name="はじめて-160"/>。というのも当時、神聖ローマ帝国の東方ではイスラム教徒（[[オスマン帝国]]）の侵攻にさらされており、西方ではフランスと対立していた。これらに立ち向かうためにドイツ諸侯の武力に頼るほかなく、彼らの協力を必要としていた<ref name="ドイツ史I-406"/><ref name="ドイツ史I-411"/>。

===君主の世代交代===
{{File clip2 | Lucas Cranach d.Ä. - Bildnis der Prinzessin Sibylle von Cleve (1526, Klassik Stiftung Weimar).jpg | width = 250 | 10 | 2 | 0 | 0 | w = 399 | h = 600 |align=right| 1527年に結婚した頃のジビュレ（1526年、[[ルーカス・クラナッハ|クラナッハ]]作）}}
ザクセン選帝侯[[フリードリヒ3世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ3世]]は1525年5月に没した<ref name="時代-161"/>。フリードリヒ3世には嗣子がなく、ヨハン・フリードリヒの父[[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]が、フリードリヒ3世の実弟としてザクセン選帝侯位を継承した<ref group="注">ヨハンはこれ以前から兄フリードリヒ3世の共同統治者になっていた。</ref><ref name="時代-161"/>。

ヨハンは兄の施策を受け継ぎ、引き続きルターに庇護を与えたことで「不変公（der Beständige）」と称された人物である。その子ヨハン・フリードリヒは父の右腕として若いうちから表に立ち、ルター派<ref group="注">当時の呼称としては「福音派」</ref>に寄り添う政策をおし進めたのである<ref name="ADB"/>。

1527年にはヨハン・フリードリヒは[[ジビュレ・フォン・ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク|ジビュレ]]と結婚した。ジビュレは、[[ライン川]]下流域に2公国1伯爵領をもつ有力諸侯であり、イギリス、フランスと太いパイプを持っている[[ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク連合公国|ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク公]][[ヨハン3世 (ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク公)|ヨハン3世]]の娘である<ref name="時代-282"/>。いずれザクセン選帝侯位を継いでドイツ中部の最大勢力の長となるヨハン・フリードリヒと、ライン川方面の最大勢力であるクレーフェ公との縁組は、ドイツに強大な勢力が生まれることを意味していた。クレーフェ公はイギリスやフランスとも結婚による縁戚関係を結び{{refnest|group="注"|ジビュレの妹[[アン・オブ・クレーヴズ|アンナ]]は、1540年にイギリス王[[ヘンリー8世_(イングランド王)|ヘンリー8世]]の4番目の妻として嫁いでいる。ヘンリー8世はアンナの肖像画をひと目見て気に入り、ドイツから妻として迎えたのだが、実際にやってきた女は肖像画とはかけ離れた容姿をしていた。ヘンリー8世は激怒し、その肖像画を書かせた大臣は死罪になった。アンナは半年で離縁された。ヘンリー8世は生涯で6人の妻を迎え、そのうち3人は死別か、離婚直後に殺されている。アンナは6人の妻のなかで最も長生きした。}}{{refnest|group="注"|ジビュレの弟でクレーフェ公を継ぐ[[ヴィルヘルム5世 (ユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク公)|ヴィルヘルム5世]]は、1541年にフランス王[[フランソワ1世 (フランス王)|フランソワ1世]]の姪[[ジャンヌ・ダルブレ]]と結婚した。}}、この勢力は神聖ローマ皇帝カール5世にとってはドイツに対する支配力を脅かす存在に成長していくのだった<ref name="はじめて-160"/>。

ヨハン・フリードリヒとジビュレは仲睦まじい夫婦だったと伝わっている。二人の間には1529年に世継ぎとなる[[ヨハン・フリードリヒ2世 (ザクセン公)|2世]]が誕生し、次いで1530年には[[ヨハン・ヴィルヘルム (ザクセン＝ヴァイマル公)|次男]]が誕生した。1532年に父ヨハンが没すると、ヨハン・フリードリヒはザクセン選帝侯位を継いだ<ref name="ADB"/><ref name="NDB"/>。

一方、「髭公」ゲオルクのザクセン公国では、自勢力の団結を強固なものにするため結婚を利用していた。1523年に[[ヘッセン方伯]][[フィリップ1世 (ヘッセン方伯)|フィリップ1世]]に娘の[[クリスティーナ・フォン・ザクセン (1505-1549)|クリスティーナ・フォン・ザクセン]]を嫁がせるとともに、息子の{{仮リンク|ヨハン・フォン・ザクセン (ザクセン公)|label=ヨハン|de|Johann von Sachsen (1498–1537)}}の嫁としてフィリップ1世の姉の{{仮リンク|エリザーベト・フォン・ヘッセン|label=エリーザベト|de|Elisabeth von Hessen (1502–1557)}}を迎え、両国の結びつきを固めた。当時まだ19歳のフィリップ1世は幼い頃に父親を亡くしており、ゲオルクはその父がわりとして振る舞っていた<ref name="三○○-213"/>。

ところが、公位を継ぐべき息子のヨハンは早逝してしまい、次子フリードリヒもゲオルクより先に死んでしまった。となると、後を継ぐのは実弟の[[ハインリヒ4世 (ザクセン公)|ハインリヒ]]である。しかしハインリヒは早々とルター派に改宗してしまっていた。ゲオルクは、領地がルター派の弟の手に渡るぐらいならば、いっそ皇帝カール5世の弟[[フェルディナント1世 (神聖ローマ皇帝)|フェルディナント]]にでもくれてやろうと画策したのだが、これには法的根拠がなく実現しなかった<ref name="時代-286"/>。結局、1539年にハインリヒが次期ザクセン公（ハインリヒ4世）となった<ref name="時代-286"/>。ハインリヒ4世は気が弱く、ザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒの言いなりになったという<ref name="ADB"/>。ハインリヒ4世は、公位を継ぐとすぐにゲオルク時代のカトリックの重臣を追い出して領国をルター派に変更した<ref name="時代-286"/><ref name="時代-299"/>。

公位を継承した時点で高齢だったハインリヒ4世は2年で世を去り、1541年に息子の[[モーリッツ (ザクセン選帝侯)|モーリッツ]]が21歳で公位を継ぐことになる。モーリッツは、若い頃にザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒの宮廷でプロテスタント教育を受けた人物である<ref name="時代-299"/>。しかしモーリッツはカトリック派だったゲオルク時代の家臣を呼び戻しで重用した。だが領民はルターを支持しており、父が改めたばかりの宗派を再びカトリックに戻すわけにもいかず、そのままにした<ref name="時代-286"/>。

==タイトル未定==
===農民戦争===

1524年6月にドイツの南西の端で始まった農民一揆が各地に飛び火してゆき、[[ドイツ農民戦争|農民戦争]]となってドイツ南部や中部を脅かした。1525年になっても戦争は拡大の一途だったのだが、ちょうどその頃[[フリードリヒ3世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ3世]]が病に伏せ、5月に没した<ref name="時代-161"/>。



しかしその頃、各地で蜂起した農民はもはや暴徒となって、ドイツの南部や中部で略奪と殺戮をほしいままにしていた{{refnest|group="注"|ちょうどその頃、ドイツ諸侯は神聖ローマ皇帝の依頼に応えてイタリアに軍を送っていたため（[[イタリア戦争]]）、ドイツ南部には農民軍を押さえ込む兵力が残っていなかった<ref name="ドイツ史I-408"/>。}}。亡くなったフリードリヒ3世は農民に対して寛容に接するよう言い遺していたのだが<ref name="時代-161"/>、農民戦争は既に手がつけられない規模に拡大しており、後継者の[[ヨハン (ザクセン選帝侯)|ヨハン]]は武力で鎮めるほかないと判断した<ref name="時代-162"/>{{refnest|group="注"|ヨハンは、選帝侯位を継ぐ前、1524年初夏に農民一揆が起き始めた頃に、一揆の指導者の[[トマス・ミュンツァー|ミュンツァー]]に面会し、その言い分を聞いている。このときミュンツァーは、カトリックもルターもまやかしだと言い、農民本位の国作りを主張した。これは領邦君主の側からすれば封建制の否定であり、とうてい受け容れられる主張ではなかった<ref name="時代-152"/><ref name="ドイツ史I-435"/>。}}。この鎮圧戦では、ドイツ諸侯は宗派の違いに関わらず協力した。カトリック側からは「髭公」ゲオルクをはじめ、[[マインツ大司教]]の{{仮リンク|アルブレヒト (マインツ大司教)|label=アルブレヒト|de|Albrecht von Brandenburg}}や[[トリーア大司教]][[リヒャルト・フォン・グライフェンクラウ|リヒャルト]]らも農民討伐軍に加わった。とりわけ著しい活躍をみせたのが、ゲオルクの娘婿であるヘッセン方伯フィリップ1世だった。フィリップ1世は真っ先にゲオルクの領地の救援に駆けつける親密ぶりをみせ、農民討伐軍の主力を担った<ref name="時代-161"/>。農民戦争は最終的に10万人の死者を出して鎮圧された。

















==両派の対立==

==脚注== 
===注釈=== 
<references group="注"/>
===出典=== 
{{Reflist|colwidth=30em |refs= 
<!--★★--> 
*<ref name="ADB">ドイツ歴史委員会(Historical Commission)・バイエルン科学アカデミー(Bavarian Academy of Sciences),ADB(Allgemeine Deutsche Biographie),[https://www.deutsche-biographie.de/sfz39448.html#adbcontent Johann Friedrich, Herzog zu Sachsen],2016年9月24日閲覧。</ref>

*<ref name="NDB">ドイツ歴史委員会(Historical Commission)・バイエルン科学アカデミー(Bavarian Academy of Sciences),NDB(Neue Deutsche Biographie),[https://www.deutsche-biographie.de/sfz39448.html#ndbcontent Johann Friedrich (I.) der Großmütige],2016年9月25日閲覧。</ref>


*<ref name="ADB-父JdB">ドイツ歴史委員会(Historical Commission)・バイエルン科学アカデミー(Bavarian Academy of Sciences),ADB(Allgemeine Deutsche Biographie),[https://www.deutsche-biographie.de/sfz39447.html#adbcontent Johann der Beständige],2016年9月24日閲覧。</ref>


<!--★★-->
*<ref name="三○○-213">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p213-215「青年君主」</ref>
*<ref name="三○○-215">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p215-216「抗議する人＝プロテスタント」</ref>
*<ref name="三○○-216">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p216-218「シュマルカルデン同盟」</ref>
*<ref name="三○○-218">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p218-222「マイセンのユダ」</ref>
*<ref name="三○○-222">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p222-225「シュマルカルデン戦争」</ref>
*<ref name="三○○-225">『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』p225-228「敵はアウクスブルクに！」</ref>

<!--★★-->
*<ref name="はじめて-53">『はじめての宗教改革』p53-57「贖宥券論争と「九五箇条提題」」</ref>
*<ref name="はじめて-61">『はじめての宗教改革』p61-66「ヴォルムス帝国議会（一五二一年）」</ref>
*<ref name="はじめて-160">『はじめての宗教改革』p160-167「カール五世の苦悩」</ref>

<!--★★-->
*<ref name="時代-13">『皇帝カール五世とその時代』p13-17「カール五世、帝位に就く」</ref>
*<ref name="時代-29">『皇帝カール五世とその時代』p29-30「ライプツィヒ討論」</ref>
*<ref name="時代-30">『皇帝カール五世とその時代』p30-31「ルター、教皇の破門状を焼く」</ref>
*<ref name="時代-152">『皇帝カール五世とその時代』,p152-160「トーマス・ミュンツァー」</ref>

*<ref name="時代-161">『皇帝カール五世とその時代』,p161-162「選帝侯フリードリヒ賢公の死去」</ref>
*<ref name="時代-282">『皇帝カール五世とその時代』,p282「クレーフェ公ヴィルヘルムの不気味な存在」</ref> 
*<ref name="時代-286">『皇帝カール五世とその時代』,p286-287「ブランデンブルク辺境伯、新教に改宗」「アルベルト系ザクセン公、新宗に改宗」</ref> 
*<ref name="時代-299">『皇帝カール五世とその時代』,p299「ザクセン大公モーリッツ、シュマルカルデン同盟に距離を置く」</ref>



<!--★★--> 
*<ref name="ドイツ史I-406">世界歴史大系『ドイツ史1』,p406-408「カール5世の出現」</ref>
*<ref name="ドイツ史I-408">世界歴史大系『ドイツ史1』,p408-410「第二次帝国統治院」</ref>
*<ref name="ドイツ史I-411">世界歴史大系『ドイツ史1』,p411-413「「ハプスブルク帝国」の破綻」</ref>
*<ref name="ドイツ史I-435">世界歴史大系『ドイツ史1』p435-436「トーマス・ミュンツァー」</ref>





}}

===参考文献===
*世界歴史大系『ドイツ史1』先史-1648年,[[成瀬治]]・[[山田欣吾]]・[[木村靖二]]／編,[[山川出版社]],1997,ISBN 463446120X
*『ドイツ二千年史』,若林龍夫／著,靑梧堂,1941
*『図説　ドイツの歴史』,石田勇治／編著,河出書房新社,2007,2010（第3版）,ISBN 9784309761053
*『ドイツ三〇〇諸侯　一千年の興亡』,[[菊池良生]],[[河出書房新社]],2017,ISBN 978-4-309-22702-3
*『はじめての宗教改革』,Glenn S. Sunshine／著,[[出村彰]]・出村伸／訳,[[教文館]],2015,ISBN 978-4-7642-6721-3
*『皇帝カール五世とその時代』,[[瀬原義生]]／著,文理閣,2013,ISBN 9784892597190



==関連項目==
==外部リンク==
==カテゴリ==