Elisのソースを表示

{{Langar}}
__NOTOC__
{| style="width:840px;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|[[ファイル:Elisandhisvan18331200.jpg|830px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|『ジョージ・ベンティンク卿のエリスと馬運車』（1836年）エイブラハム・クーパーの作品。騎手は代理名義人のリッチフィールド卿の服色で描かれている。
|}
{{Template:五代血統表α
|name = Elis
|和 = エリス
|種 = サラブレッド
|年 = 1833
|性 = 牡馬
|毛 = Chesnut / 栗毛
|誕 = 
|死 = 
|国 = {{F-GB}}
|県 = ヨーク州
|牧 = 猟犬亭農場（Greyhound Inn Farm）
|者 = ジョン・ウッド（John Wood）
|調 = ジョン・ケント（John Kent）→[[ジョン・ドゥ]]
|厩 = 
|厩地 = 
|主 = [[ジョージ・ベンティンク]]（※[[e:Charles Greville (diarist)|チャールズ・グレヴィル]]名義→[[e:Thomas Anson, 1st Earl of Lichfield|リッチフィールド卿]]名義）<br>のちにシドニー・ハーバート（Sidney Herbert）
|f= [[Langar]]
|f年 = 1817
|f毛 = ch/栗
|f国 = 
|m = Olympia
|m毛 = b/鹿
|m年 = 1815
|m国 = 
|ff = [[Selim]]
|ff年 = 1802
|ff毛 = ch/栗
|ff国 = 
|fm = Walton mare
|fm年 = 1808
|fm毛 = ch/栗
|fm国 =
|mf= [[Sir Oliver]]
|mf毛 = b/鹿
|mf年 = 1800
|mf国 = 
|mm = Scotilla
|mm毛 =b/鹿
|mm年 =1795
|mm国 =
|fff = [[Buzzard]]
|fff年 = 
|fff毛 = 
|fff国 = 
|ffm = Alexander mare
|ffm年 = 
|ffm毛 = 
|ffm国 = 
|fmf = [[Walton]]
|fmf年 = 
|fmf毛 = 
|fmf国 = 
|fmm = Young Giantess
|fmm年 = 
|fmm毛 = 
|fmm国 = 
|mff= {{×1|[[Sir Peter Teazle]]}}
|mfm= Fanny
|mmf= [[Anvil]]
|mmm= Scota
|ffff = {{×3|[[Woodpecker]]}}
|fffm = Misfortune
|ffmf = [[Alexander]]
|ffmm = Highflyer mare
|fmff = {{×1|[[Sir Peter Teazle]]}}
|fmfm = Arethusa
|fmmf = {{×4|[[Diomed]]}}
|fmmm = Giantess
|mfff = {{×2|[[Highflyer]]}}
|mffm = Papillon
|mfmf = {{×4|[[Diomed]]}}
|mfmm = Ambrosia
|mmff = {{×5|[[Herod]]}}
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|mmmf = {{×6|[[Eclipse]]}}
|mmmm = Harmony
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|ffffm = Miss Ramsden
|fffmf = [[Dux]]
|fffmm = Curiosity
|ffmff = {{×6|[[Eclipse]]}}
|ffmfm = Grecian Princess
|ffmmf = {{×2|[[Highflyer]]}}
|ffmmm = Alfred mare
|fmfff = {{×2|[[Highflyer]]}}
|fmffm = Papillon
|fmfmf = [[Dungannon]]
|fmfmm = Prophet mare
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|fmmfm = Spectator mare
|fmmmf = [[Matchem]]
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|mffff = {{×5|[[Herod]]}}
|mfffm = Rachel
|mffmf = [[Snap]]
|mffmm = Miss Cleveland
|mfmff = {{×7|[[Florizel]]}}
|mfmfm = Spectator mare
|mfmmf = {{×3|[[Woodpecker]]}}
|mfmmm = Ruth
|mmfff = [[Tartar]]
|mmffm = Cypron
|mmfmf = [[Feather]]
|mmfmm = Crazy
|mmmff = [[Marske]]
|mmmfm = Spilletta
|mmmmf = {{×5|[[Herod]]}}
|mmmmm = Rutilia
|FN = 13-a
|母系 = 
|初出 = 2
|終出 = 3
|戦 = 15
|勝 = 11
|勝備考 = 1836年[[セントレジャー]]、1835年[[モールコームS]]、1835年[[クリテリオンS]]、1835年[[クリアウェルS]]、[[2000ギニー]]2着
|タイトル = 
|鞍 = 
|金 =  
|CS = 
|CJS = 
|CBMS = 
|駒 = 
}}

　エリス（Elis、1833-？）は1836年の[[セントレジャー]]優勝馬である。馬主のベンティンク卿が馬運車を使った輸送を行い、世間の裏をかいて大儲けをした逸話でよく知られている。

　エリスは2歳戦で活躍し、1836年の3歳クラシック戦でセントレジャー優勝、2000ギニー2着の成績で、2000ギニーとダービーを勝った[[ベイミドルトン]]と3歳2強の座をわけあった。

　セントレジャーの際、競馬場までの移動が間に合わないとみなされて大きく人気を落としたが、それは馬主のベンティンク卿の策略で、倍率が落ちたところでベンティンク卿はしこたまエリスに賭け、それから馬運車を使って競馬場にエリスを運んだ。エリスは順当にセントレジャーに勝ち、ベンティンク卿は未曾有の大儲けをした。（本当はこれが史上初ではないが）これが史上初の馬運車、としばしば言われる。

　エリスはダービーに出ず、ベイミドルトンもセントレジャー不出走だったので、実際に2頭の直接対決があったのは2度しかない。1戦目の2000ギニーは両馬の争いからレコード決着になり、最後の叩き合いをクビ差でベイミドルトンが制した。2度の対戦はセントレジャーのあと実現し、騎手同士の駆け引きの末にベイミドルトンが勝った。

　そのあとベンティンク卿はエリスを売り払い、かわりにベイミドルトンを購入した。まもなく両馬は引退して種牡馬になったが、ベイミドルトンが大成功したのに対し、エリスは失敗種牡馬に終わった。
====全出走戦績====

{| style="width:97%; margin-left:1em; border-width:0px 0px 2px 0px; border-color:#00366c; border-style:solid; border-collapse:collapse; ; text-align:left;color:#00366c;"
|-style="border-bottom:2px solid #00366c"
| 齢
| 年
| 月
| 日
| 場
| レース名
| 距
| m
| 着順
| 1着馬(2着馬)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 2
| 1835
| 7
| 9
| [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
| [[チェスターフィールドS]]
| 4F
| {{0}}804
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| ([[The Athenian]])
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 7
| 30
| ニューマーケット
| '''[[モールコームS]]'''
| 5F
| 1005
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| (brother to Holkar)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 10
| 13
| ニューマーケット
| '''[[クリアウェルS]]'''
| 5F
| 1005
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| (Marmalade)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 10
| 16
| ニューマーケット
| プレンターガストS
| 
| 
| style="font-size:1.3em;"| 2
| Alumnus
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 10
| 26
| ニューマーケット
| '''[[クリテリオンS]]'''
| 
| 
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| ([[Slane]])
|-style="border-bottom:1px solid #00366c"
| 
| 
| 10
| 29
| ニューマーケット
| 一般スイープ戦
| 8F
| 1609
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| ※単走
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 3
| 1836
| 4
| 17
| ニューマーケット
| '''[[2000ギニー]]'''
| 8F
| 1609
| style="font-size:1.3em;"| 2
| [[Bay Middleton]]
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 7
| 27
| [[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]
| ドローイングルームS
| 
| 
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| (Magician)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 7
| 29
| グッドウッド
| '''[[グッドウッドC]]'''
| 21F
| 4224
| style="font-size:1.3em;"| 2
| [[Hornsea]]
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 7
| 29
| グッドウッド
| レーシングS
| 8F
| 1609
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| ([[The Drummer]])
|-
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 8
| 10
| [[ルイス競馬場|ルイス]]
| ルイスS
| 12F
| 2414
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| (Hock)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 9
| 20
| [[ドンカスター競馬場|ドンカスター]]
| '''[[セントレジャー]]'''
| 14.6F
| 2937
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| (Scroggins)
|-style="border-bottom:1px dotted #00366c"
| 
| 
| 10
| 
| ニューマーケット
| デュークミカエルS
| 
| 
| style="font-size:1.3em;"| 2
| [[Bay Middleton]]
|-style="border-bottom:1px solid #00366c"
| 
| 
| 11
| 3
| ニューマーケット
| 一般スィープ戦
| 
| 
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| 同着 Mr.Waggs
|-
|-style="border-bottom:1px solid #00366c"
| 4
| 1837
| 4
| 12
| ニューマーケット
| マッチレース
| 8F
| 1609
| style="font-size:1.3em;"| '''1'''
| ([[Slane]])
|}

==出自と血統==
　エリスの生産者はジョン・ウッド（John Wood）という。ウッド氏はこれといった著名人ではなく、文献によってたいてい「ワード氏（Ward）」とか、「フッド氏（Hood）」とか書かれていてはっきりしないらしい。

　ウッド氏は、イングランド北部の<ruby><rb>[[w:ヨークシャー|ヨーク州]]</rb><rt>ヨークシャー</rt></ruby>の[[w:ドンカスター|ドンカスター]]近郊で、<ruby><rb>猟犬亭農場</rb><rt>グレイハウンド・イン・ファーム</rt></ruby>（Greyhound Inn Farm）という（ありきたりな名前の）小牧場を営んでいた。彼はここで生産した競走馬を売って生計をたてていて、本馬エリスや、その全兄ストックポート（Stockport）も彼が生産して売却した馬である。

===母馬オリンピア===
　エリスの母馬オリンピア（Olympia）は、[[e:George Grey, 6th Earl of Stamford|6代スタンフォード伯爵]]の牧場にいた馬である。6代スタンフォード伯爵の妻は[[e:Earl of Portland|ポートランド公爵家]]の出自であり、したがって本項に登場する[[ジョージ・ベンティンク]]卿や[[e:Charles Greville (diarist)|チャールズ・グレヴィル]]とは親類筋ということになる。

　オリンピアの牝系を概観すると次のようになる。

;【オリンピアの母系】
<div style="font-size:0.9em;">
:Harmony（1775生・牝・父[[Herod]]）
:｜Scota（1783生・牝・父[[Eclipse]]）
:｜｜Scotilla（1795生・牝・父[[Anvil]]）
:｜｜｜Stella（1808生・牝・父[[Sir Oliver]]）
:｜｜｜｜[[Independence]]（1826生・牡・父[[Filho da Puta]]） - 1831年[[チェスターカップ]]
:｜｜｜｜[[Colwick]]（1828生・牡・父[[Filho da Puta]]） - 1832年[[チェスターカップ]]
:｜｜｜<u>Olympia（1815生・牝・父[[Sir Oliver]]）</u>
:｜｜｜｜Kite（1821生・牝・父[[Bustard]]）
:｜｜｜｜｜Lady Moor Carew（1830生・牝・父[[Tramp]]）
:｜｜｜｜｜｜'''[[Medicant]]'''（1843生・牝・父[[Touchstone]]） - 1846年'''[[1000ギニー]]'''、'''[[オークス]]'''
:｜｜｜｜｜[[Vulture]]（1833生・牝・父[[Langar]]）
:｜｜｜｜｜｜The Scavenger（1840生・牡・父[[Slane]]）
:｜｜｜｜｜｜'''[[Orlando]]'''（1841生・牡・父[[Touchstone]]） - 1844年'''[[ダービー]]'''、'''英愛リーディングサイヤー'''
:｜｜｜｜[[Stockport]]（1832生・牡・父[[Langar]]）
:｜｜｜｜<u>[[Elis]]（1833生・牡・父[[Langar]]）</u>
:｜｜｜｜[[Epirus]]（1834生・牡・父[[Langar]]） - 種牡馬として成功。ダービー馬や2000ギニー馬を出す。
:｜｜｜Comet（1816生・牡・父[[Sir Oliver]]）
:｜｜Scotina（1801生・牝・父[[Delpini]]）芦毛
:｜｜｜'''[[Olive]]'''（1811生・牡・父[[Sir Oliver]]） - 1814年'''[[2000ギニー]]'''
:｜｜｜Olivetta（1815生・牝・父[[Sir Oliver]]）
:｜｜｜｜[[Halston]]（1825生・牡・父[[Banker]]） - 1829年[[チェスターカップ]]
:｜｜｜Peterfin（1819生・牡・父[[Whalebone]]） - タスマニアで種牡馬になる
</div>

　オリンピアの祖母（エリスからみると曾祖母となる）のスコタ（Scota）は、サラブレッド父系を語る際に代表格に用いられる[[ヘロド]]と[[エクリプス]]の配合で誕生した牝馬である。

　オリンピアの母スコティラ（Scotilla）とその半妹スコティナ（Scotina）には、1804年の[[ドンカスターカップ]]の優勝馬サーオリヴァー（[[Sir Oliver]]）がさかんに配合されている。そのうち、1811年にスコティナが産んだオリーブ（[[Olive]]）は、[[2000ギニー]]の初代優勝馬になった。このオリーブが2000ギニーに優勝した1814年の春に、スコティラにサーオリヴァーが交配され、生まれたのがオリンピアとなる。

　オリンピアの産駒で、エリスの年の離れた半姉であるカイト（Kite）の系統からは1840年代に2頭のクラシックホースが出ており、特に[[オーランド]]([[Orlando]])はサラブレッド血統史上、重要な根幹種牡馬となった。が、それはエリスよりもずっと後のことである。オーランドの母のヴァルチャー（[[Vulture]]）という牝馬は、エリスからみると同い年の姪ということになるが、当時「最高の快速馬」でならし、エリスの「幻の最後の敵」となった（後述）。

===全兄ストックポート===
　エリスの1つ上の全兄ストックポート（[[Stockport]]）<ref group="†">理由はわからないが、[http://www.pedigreequery.com/stockport Pedigree Online]ではストックポートはカイトの産駒として登録されている。Pedigree Onlineは誰でも自由に編集できるサイトなので、単に誤って登録されているのかもしれない。ここでは、Pedigree Online以外の様々な信頼できる情報源にしたがい、エリスの全兄として扱う。</ref>は[[2000ギニー]]で3着になった馬で、のちにウッド氏の「猟犬亭農場」で種牡馬になった。そこでの産駒ミスエリス（[[Miss Elis]]）はベンティンク卿に買われて[[グッドウッドC]]などに勝っている。

　エリスがターフに登場したのは、ちょうどストックポートが2000ギニーで3着に入って間もない時期だったので、しばらくエリスは「ストックポートの全弟」と呼ばれていた。

===父馬ランガー===
　父のランガー（[[Langer]]）は主にアイルランドで活躍した中級馬で、ドンカスター競馬場ではガスコインS（Gascoigne Stakes）を勝っている。アイルランドで種牡馬入りしたが、1831年にイングランドへ移動した。

　ランガーが繋養されたのは、ドンカスターから南へ6マイル（約10km）ほどにあるティクヒル（Tickhill）という古い城下町で、ウッド氏の「猟犬亭農場」の目と鼻の先にあった。そんなわけで、ウッド氏はオリンピアに毎年ランガーを種付けしたのである。

===血統構成===
　エリスの血統表をみると、現代とは桁違いの近親交配が行われていることがわかる。列記すると、[[Sir Peter Teazle]](3*4)、[[Woodpecker]](4*5)、[[Herod]](5*5*5)、[[Eclipse]](5*4)、[[Highflyer]](5*5*4)、[[Diomed]](4*4)となっている。たとえば[[Sir Peter Teazle]]自身、[[Godolphin Arabian]]の4*5*4など8種の近親交配を持っていることを考えると、当時の競走馬生産が今とはかなり違った思想で行われていたことが想像できる。

　とは言え、既に述べたように、本場の父ランガーは生産者のウッド氏にとって「一番近くにいる種牡馬」だったので、そこまで血統にこだわって配合したわけではないのかもしれない。いずれにせよ、現代では忌避されるような強い近親交配だが、19世紀当時としてはどうということのない、当たり前の配合たった。

===馬名の由来===
　[[w:エーリス|エリス]]（Elis）というのは古代ギリシアの地名で、母の名前にもなっているオリンピアがあった地方である。オリンピアはオリンピックの発祥の地であり、エリスは馬産地として知られている。

　ところで、ベンティンクのまわりには、これとは別に「エリス」という名の人物がいた。彼には年の離れた長兄[[e:William Cavendish-Scott-Bentinck, Marquess of Titchfield|ヘンリー]]がいて、順調にいけば、ゆくゆくはヘンリーがポートランド公爵家を継ぐはずだった。ところがベンティンクが22歳のとき、兄ヘンリーは27歳の若さで死んでしまった。

　兄ヘンリーの大学時代からの無二の親友で、[[e:George Agar-Ellis, 1st Baron Dover|初代ドーバー男爵]]のジョージ・エイガー＝エリス（George Agar-Ellis）という人物がいる。

　エイガー＝エリスは1820年代に外務大臣を務めた[[w:ジョージ・カニング|ジョージ・カニング]]の下で働いていた。カニング大臣はベンティンクの叔父にあたり、ベンティンクもちょうどその頃カニングの秘書をしていて、エイガー＝エリスとは同僚だった。

　エイガー＝エリスは1833年7月10日に36歳で亡くなった。本馬エリスはちょうどその頃生まれている。ただし、エイガー＝エリスはELLISと「L」2つで綴るのに対し、本馬は「ELIS」とLが1つになっている。

==現役時==
===同世代の主要馬===
*ベイミドルトン（[[Bay Middleton]]）
*スレイン（[[Slane]]）
*ヴェニソン（[[Venison]]）
===デビュー前===
{| style="float:left;width:180px;margin-left:1.0em;margin-right:1.0em;margin-top:1.0em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|-
|[[ファイル:Elis1833b.jpg|180px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|馬房のエリス
|}
　エリスは、ティクヒルにあるウッド氏の「猟犬亭農場」内の「<ruby><rb>老木厩舎</rb><rt>エルダー・ツリー・ボックス</rt></ruby>」で生まれた。エリスは体高15.3ハンド（約1.60メートル）で、頑健で食欲旺盛な馬に成長した。気性もよく、素直で、よく発達した筋肉を備えていた。

　エリスを購入したのは[[e:Charles Greville (diarist)|チャールズ・グレヴィル]]という。グレヴィルは長年にわたり枢密院書記官などの公職を務め、3人の国王の近侍として仕えた人物である。彼の母方は[[w:ウィリアム・キャヴェンディッシュ＝ベンティンク (第3代ポートランド公爵)|ポートランド公爵]]家の出自で、4代ポートランド公爵の子[[ジョージ・ベンティンク]]とは従兄弟にあたる<ref group="†">噂では、グレヴィルの母には愛人がいて、本当の父は[[w:アーサー・ウェルズリー (初代ウェリントン公爵)|ウェリントン公爵]]だと伝えられている。グレヴィルの両親はこの噂が原因で離婚している。</ref>。グレヴィルは従兄弟のベンティンク卿のためにこの馬を買い入れたのだった。

　この[[ジョージ・ベンティンク]]卿という人物は、後世に「競馬界のライオン」とか呼ばれ、19世紀半ばに競馬界の独裁者となった人物である。しかし、エリスが登場した頃のベンティンク卿はまだそこまでの力を持っていなかった。
{| style="float:right;width:150px;margin-left:1.0em;margin-right:1.0em;margin-top:1.0em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|-
|[[ファイル:Greville.jpg|150px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|名目上の「所有者」グレヴィル氏
|}
　ベンティンク卿はポートランド公爵の三男で、爵位を継ぐことを考えなくても良い、気楽な若者だった。23歳のときに[[グッドウッド競馬場]]で騎手としてレースに出るようになったが、どちらかと言うと賭けのほうが熱心だった。そして、28歳で1万1000ポンド負けて、自分では払えなくなった。父のポートランド公爵がこの借金を支払ってやったが、そのとき、父は二度と競馬に手を出さないことをベンティンクに誓わせた。

　そんなわけでベンティンク卿は、競馬は父にバレないようにこっそりやる必要があり、競走馬を購入するときも従兄弟のグレヴィルの名義を借りることになった。エリスもベンティンク卿のためにグレヴィルが買い付けた馬である。

　馬の見立ての点で、グレヴィルは頼もしい存在だった。グレヴィルがベンティンク卿のために最初に見立てた馬はプリザーヴ（[[Preserve]]）といい、エリスより1歳年上の牝馬である。プリザーヴはベンティンク卿が初めて持った競走馬で　―　もちろん、表向きはグレヴィル名義だが　―　2歳から活躍して翌1835年の[[1000ギニー]]に勝ち、[[オークス]]の本命になっていた。

===2歳時（1835年）===
　前述したような事情で、この馬は表向きはグレヴィルの持ち馬ということでデビューした。

　デビューの時点ではまだ「エリス」という名前が与えられておらず、名無し馬だった。当時は馬に命名する必要はなく、たとえば1797年の[[ダービー]]優勝馬も名無しだった。こうした名無し馬を特定するために、「グレヴィル氏所有の、ストックポートの弟（Mr.Grevill's brother to Stockport）」とか「父ランガーの牡馬（colt by Langer）」というふうに表現されていた。

====デビュー戦／チェスターフィールドステークス====
　「グレヴィル氏所有の、ストックポートの弟（Mr.Grevill's brother to Stockport）」の初出走は、2歳の7月、[[ニューマーケット競馬場]]のチェスターフィールドS（[[Chesterfield S]]、約4F）だった。全兄のストックポート（[[Stockport]]）はこの年の春にニューマーケット競馬場の[[2000ギニー]]で3着に好走したばかりだったので、そのことを覚えていて「ストックポートの弟」に注目して見ている者も多かった。

　このレースには14頭が出走していて、本命馬は直前に[[ジュライステークス]]を勝った「[[The Athenian|Glaucusの半弟]]」（これも名無し馬）である<ref group="†">こっちの名無し馬のほうも、あとになって[[The Athenian]]と命名されている。</ref>。グラウコスス（[[Glaucus]]）というのは1年前（1834年）の[[アスコット金杯]]の優勝馬である。

　「ストックポートの弟」ことエリスは、このレースで逃げ切り勝ちをおさめ、初出走をステークス戦勝利で飾った。2馬身差の2着には1番人気の「Glaucusの半弟」が入った。ただし「Glaucusの半弟」はジュライS勝ちのために他の馬より9ポンド（4.08kg）重い斤量を背負っていた。

　このデビュー戦のあと、エリスの「表向きの名義」はチャールズ・グレヴィルから[[e:Thomas Anson, 1st Earl of Lichfield|リッチフィールド卿]]に変更になった。[[1000ギニー]]馬プリザーヴ（[[Preserve]]）の扱いをめぐってベンティンク卿とグレヴィルの間で意見の不一致から喧嘩になり、仲違いをしたのである。そのためにベンティンク卿はグレヴィルに委ねていた馬をすべて引き上げ、リッチフィールド卿名義にした。エリスを描いた絵画で騎手が着用している緋色と濃紺の服色はリッチフィールド卿のものである。また、このときに「ストックポートの弟」には正式に「エリス」という名前が与えられた。

====モールコームステークス====
　エリスの2走目はグッドウッド競馬場の[[モールコームS]]になった。出走馬はエリスを含めてわずか3頭しかいなかったが、エリスはほかの2頭よりも5ポンド（2.27kg）重い斤量を背負った。

　それでもエリスは6対4（2.5倍）の本命になり、人気通りに勝った。

====2歳馬の筆頭格へ====
　このあと少し間があいて、秋のニューマーケット競馬場でクレアウェルステークス（Clearwell S、5F）に出て、同世代の有力馬の1頭、スレイン（[[Slane]]）を負かした。

　その3日後にこんどはプレンターガストステークスというレースに出たが、どういうわけか2着に負けてしまい、デビュー以来初めての敗戦になった。

　この当時おこなわれていた2歳戦のうち、秋最大のレースがクリテリオンステークス（Criterion S）である。このレースの歴代勝ち馬には、[[オーモンド]]、[[フライングフォックス]]、[[ゲイクルセイダー]]、[[プリティポリー]]という4頭の三冠馬も名を連ねている。（※いまは同名のG3戦がニューマーケット競馬場の7月開催で行われているが、これは1978年に始まったもので、19世紀のクリテリオンSとはほとんど関係がない。）

　道悪になって出走馬のほとんどが出遅れる中、エリスはいいスタートを切ってそのまま逃げた。ほかにスタートがまともだったスレインだけがついていったが、追いつくことはできず、終始エリスがリードを保って半馬身差で逃げ切った。

　この結果、前走プレンターガストSで負けたのはたまたまだったとみなされ、2歳馬の代表格、翌年のダービーの最有力候補と目されるようになった。エリスはクリテリオンステークスの3日後に、1マイルのステークス競走に登録したが、ほかの登録馬19頭がみなエリスに敵わないと回避したため、1頭だけで走って賞金を拾った。

{{Template:Result
|年月日 = 1835.7.9
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = チェスターフィールドS<br>Chesterfield Stakes
|距離 = a4F
|m = 約804
|賞金 = 30sovs * 35subs(420sovs)
|頭数 = 14
|オッズ = 1/4
|倍率 = 5.0
|人気順 =3
|ストーン = 8st5lbs
|lbs = 117
|Kg = 53.07
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 117
|着差 = 1馬身
|2着馬 = brother to Glaucus
|2着斤量 = 135
|3着着差 =
|3着馬 = Menas
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1835.7.30
|競馬場 = [[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]
|レース名 = [[モールコームS]]<br>Molecomb Stakes
|距離 = 
|m = 
|賞金 = 
|頭数 = 3
|オッズ = 6/4
|倍率 = 2.5
|人気順 =1
|ストーン = 8st8kbs
|lbs = 120
|Kg = 54.43
|騎手 = [[ナット・フラットマン]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 
|着差 = 半馬身
|2着馬 = brother to Holkar
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = Skirmisher
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1835.10.13
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = クリアウェルS<br>Clearwell Stakes
|距離 = 5F
|m = 1005
|賞金 = 30sovs * 35subs(1050sovs)
|頭数 = 11
|オッズ = 3/1
|倍率 = 4.0
|人気順 =2
|ストーン = 8st5lbs
|lbs = 117
|Kg = 53.07
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 
|着差 = 
|2着馬 = Marmalade
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1835.10.16
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = プレンターガストS<br>Prendergast Stakes
|距離 = 
|m = 
|賞金 = 
|頭数 = 5
|オッズ = 
|倍率 = 
|人気順 =
|ストーン = 
|lbs = 
|Kg = 
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 2
|1着馬 = Alumnus
|1着斤量 = 
|着差 = 
|2着馬 = Elis
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1835.10.26
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = クリテリオンS<br> Criterion Stakes
|距離 = 
|m = 
|賞金 = 30sovs each
|頭数 = 7
|オッズ = 6/4
|倍率 = 2.5
|人気順 =1
|ストーン =8st8lbs 
|lbs = 120
|Kg = 54.43
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 2
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 120
|着差 = 半馬身
|2着馬 = Slane
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = Mr.Wags
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1835.10.29
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = 一般スイープ戦<br>sweep stakes
|距離 = a1M
|m = 約1609
|賞金 = 50sovs * 20subs(1000lbs)
|頭数 = 1
|オッズ =単走 
|倍率 = -
|人気順 =-
|ストーン = 8st7lbs
|lbs = 119
|Kg = 53.97
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 
|着差 = 
|2着馬 = 
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}

===3歳時（1836年）===

====2000ギニー====
　エリスの3歳緒戦は2000ギニーになった。この年の2000ギニーはいつにもまして大観衆が集まったが、貴族や富裕層が多く、賭けの総額は膨れ上がった。なかでもいちばん人気になったのは、リドルスワースSに勝ってきた名無し馬「[[ベイミドルトン|ネルグウィンの半弟]]<ref group="†">ネル・グウィンというのは、ニューマーケットを発展させた国王、チャールズ2世の有名な愛人の名前である。この馬の場合、半姉にネルグウィンと名付けられた牝馬がいたので、「ネルグウィンの半弟」と呼ばれていた。「ネルグウィンの半弟」は、2000ギニーのレース後にベイミドルトンと命名される。ベイミドルトンの半姉に、ネルグウィンと名付けられた牝馬がいたので、ベイミドルトンはネルグウィンの半弟と称されていた。</ref>」である。

{| style="float:right;width:40%;margin-left:1em;margin-right:1em;padding:1.0em;background-color:rgba( 155, 155, 155, 0.25 );"
|-style="font-size:1.2em;"
|''「1200対400ポンドでダービー優勝に賭けていた」''
|-style="font-size:0.9em;"
|　ジャージー伯爵は「自分の馬がダービーに勝つ方に400ポンド賭ける！」と宣言する。A氏が「その賭け受けた！こっちは1200ポンド賭ける！」と宣言する。伯爵が賭けに勝てばA氏は伯爵に1200ポンドを支払わなければならないし、伯爵が賭けに負ければA氏に400ポンド支払う。だから「1200対400」となる。<br><br>　1ヶ月半ほど先のダービーまでに、何らかのアクシデントがあってベイミドルトンが出走できなかったとしても「ダービーに勝つ」が実現しかなったのだから、賭けはジャージー伯爵の負けになる。そういうリスクも含めて考えると、ふつうに考えればジャージー伯爵に不利な賭けである。だからA氏は1200ポンドを賭ける。<br><br>　もし、確かにジャージー伯爵の馬が勝ちそうだ、と思えば、1200ポンドも賭けられない。A氏が「こっちも400ポンド賭ける」としか言わなかったとしたら、ジャージー伯爵はこの賭けを成立させないこともできる。賭けはあくまでも、両者の合意によって成立する。<br><br>　「1200対400」は、ジャージー伯爵の側から見れば、400ポンドのリスクで1200ポンドを得るということになる。日本風の表現に換算すると、400ポンドの馬券を買って、的中すれば1600ポンドの払い戻しがあるということになり（元本400ポンド+利益1200ポンド）、倍率は4.0倍ということになる。
|}

<!--
{| style="float:right;width:360px;margin-left:1em;margin-right:1em;background-color:rgba( 155, 155, 155, 0.25 );font-size:0.2em;"
|-
|'''イギリスでの賭け'''
|-
|　ジャージー伯爵が1200ポンド対400ポンドでベイミドルトンのダービー優勝に賭ける、というのは、次のようなことになる。<br><br>　ジャージー伯爵は、「ベイミドルトンがダービーに勝つ」に賭ける。その通りになればジャージー伯爵の勝ち、事情はどうあれ「ベイミドルトンはダービーに勝たなかった」となればジャージー伯爵の負けである。<br><br>　ダービーはまだだいぶ先だが、その間に何があろうと、たとえば怪我をしてダービー出走をやめるとか、どういう事情であれ、とにかく「ダービーに勝つ」が成就しなければジャージー伯爵の負けになり、伯爵は賭け金を失う。もしもダービーに勝てば伯爵は賭け金を得る。<br><br>　そう考えると、ダービーの開催日が先であればあるほどいろいろなリスクがあり、ジャージー伯爵は不利になる。それを考えると、この賭けはジャージー伯爵にとって負ける可能性が高くなり、それが賭けの倍率に反映される。　<br><br>伯爵と賭けをする相手は、伯爵が勝てば伯爵に1200ポンド支払い、伯爵が負ければ伯爵から400ポンドもらう、というように、倍率を決める。倍率は両者の合意さえあれば、いくらにしても構わない。お互いに「このぐらいの倍率なら自分に分がある」と思ったところで合意するのである。この場合には、両者が1200対400で賭けが成立している。伯爵側から見ると、400ポンドのリスクで1200ポンドを得るわけだから、日本風の表現では400ポンドはらって1600ポンドの払い戻しがあることになり、4.0倍となる。<br><br>　伯爵の相手側からすれば、とにかくどんな事情でもベイミドルトンがダービーに勝たなければ400ポンドもらえる。極端な話、こっそりベイミドルトンに毒を盛って出走できなくしてしまっても、賭けは勝ちである。だからこの時代にはそういう不正がはびこっていた。

|-
|}-->
{| style="float:right;width:180px;margin-left:1.0em;margin-right:1.0em;margin-top:1.0em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|-
|[[ファイル:Baymiddletona.jpg|180px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|「ネルグウィンの半弟」
|}

　「ネルグウィンの半弟」は[[e:George Child Villiers, 6th Earl of Jersey|6代ジャージー伯爵]]の持ち馬で、伯爵は既にこの時点で「ネルグウィンの半弟」のダービー優勝に1200対400ポンドで賭けていた。一方のエリスには、ベンティンク卿が大きく賭けていて、2000ギニーの優勝に1000対500ポンドの賭けをやっていた。（日本風に言えば、3倍の馬券を500ポンド買っていた、ということになる。）

　最終オッズは「ネルグウィンの半弟」が6対4（2.5倍）の1番人気、エリスは2番人気で5対2（3.5倍）だった。これに続くのがMuezzinだったが賭け率は10対1（11倍）と穴馬扱い、残りの3頭には倍率がつかないほど人気薄で、完全に「ネルグウィンの半弟」とエリスの一騎打ちムードだった。

　当時としては当たり前だが、スタートで何度かフライングがあってやり直しになり<ref group="†">端的に「フライング」と書いたが、当時は今とはスタートのやり方が違うので、厳密には「フライング」というより、「スタートが揃わなかった」と言うべきである。今とは違い、当時はスタート地点に出走馬が集まって（整列すらしない）団子になっている。頃合いを見計らって、スタート担当の係員が「スタート！」と叫び、それに合わせて一斉に走りだす。当然、団子の後ろの方にいて他の馬が邪魔でスタートが遅れるものも出るが、そこは騎手の腕の見せ所であり、スタート前に如何にいい場所どりをするかの争いがある。実際には、係員の「スタート！」が聞こえずに取り残されるものがいたり、ひどい場合には係員が金を掴まされていて、金をもらった馬がいい位置にいる瞬間を狙って「スタート！」を言ったり、わざと小さい声で「<small>スタート</small>」と言ったりする。スタートを監視する審判が別にいて、その審判が「今のスタートはよかった」とみなせばレースは成立するし、「今のスタートは駄目だ」といえばやり直しになる。（もちろん審判も金を掴ませれている可能性はあるから、審判にはできるだけ裕福で公正と思われる貴族が選ばれる。）こうした方法だったので、スタートが何度もやり直しになるというのが当たり前だった。</ref>、発走は定刻の15分ほど遅れた。無事にスタートが成立すると、まずはエリスが先頭に出た。「2歳戦コース」のスタート地点<ref group="†">これがどのあたりを差すのかよくわからないが、おそらく残り5F地点ではないかと思う。</ref>あたりまではゆったりとしたペースでレースが進んだが、そこからペースがあがると早くもMuezzin、Calmuck、Whaleyといった後続馬が遅れだし、後ろのほうでは名無し馬（父[[Lamplighter]]）が完全にバテてしまった。

　勝負どころの“ザ・ブッシュ”地点ではエリスについていけるのは「ネルグウィンの半弟」だけになり、その差は1馬身あった。しかしそのあとの“ザ・ボトム”地点では両馬の差は半馬身まで詰まり、“ザ・ヒル”地点では2頭が並んだ。2頭の競り合いになったが、エリスの[[ジョン・デイ|デイ騎手]]が鞭と拍車を容赦なく叩き込んでいるのに対し、「ネルグウィンの半弟」の[[ジェームズ・ロビンソン|ロビンソン騎手]]のほうには少し余裕があり、2、3回拍車を入れるだけでついていくことができた。2頭並んでゴールしたが、クビ差で「ネルグウィンの半弟」の優勝と判定された。勝ち時計は当時のレコード記録だったと言われている。のこりの4頭は大きく後ろに離されていた。

　優勝した「ネルグウィンの半弟」の馬主、[[e:George Child Villiers, 6th Earl of Jersey|6代ジャージー伯爵]]は愛馬の優勝を記念して、この馬を[[ベイミドルトン]]（[[Bay Middleton]]）と命名した。また、優勝騎手のロビンソンには気前よく200ポンドもの大金を進呈した。（これは、当時としてはとんでもない大金である。）

　これで、この2頭がこの世代の2強であることがはっきりし、その実力も伯仲していることが明らかになった。2000ギニーのゴールは際どい接戦ではあったが、あと数ヤード距離が長ければ、着差は半馬身まで開いていただろうと言う者もいた。次の問題は、ダービーでどちらが勝つかだった。距離が伸びてベイミドルトンが有利というのが大方の見方ではあったが、ベイミドルトンは少し神経質なところがあって、おそらく出走頭数がずっと増えるダービーで、何度もスタートのやり直しがあると実力を発揮できなくなる心配もあった。さらに、叩き合いで激しく追われた経験がないので、鞭や拍車を連打されるとどうなるかわからなかった<ref group="†">ずっと昔に禁止されたので現代の競馬で見ることは無いが、「拍車」は騎手のブーツのかかとにつける回転のこぎりのような形状をした器具である。これで馬の横腹を蹴り飛ばして走らせるのだが、蹴られた馬の腹には傷がつき、裂け、結構な量の出血を伴う。このため、残酷であるとして、現代競馬では禁止されている。</ref>。
{{Template:Result
|年月日 = 1836.4.17
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = '''[[2000ギニー]]'''<br>'''2000 Guineas'''
|距離 = 1M
|m = 約1609
|賞金 = 
|頭数 = 6
|オッズ = 5対2
|倍率 = 3.5
|人気順 =2
|ストーン = 
|lbs = 
|Kg = 
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 2
|1着馬 = 名無し馬([[Bay Middleton]])
|1着斤量 = 
|着差 = クビ
|2着馬 = Elis
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}

====2000ギニー後====
　結局、エリスはダービーの最終登録は行わなず、アスコット競馬にも行かずに7月のグッドウッド開催まで出走しなかった。

　グッドウッドでは3歳戦のドローイングルームステークス（Drawing-room Stakes）を3馬身差で楽勝し、2日後の[[グッドウッドカップ]]に向かった。イギリスを代表する「三大カップ戦」にの一つに挙げられるこのレースには、[[セントレジャー]]優勝馬のロッキンガム（[[Rockingham]]）や、前年の[[ドンカスターカップ]]で[[タッチストーン]]（[[Touchstone]]、前年のセントレジャー優勝馬）の2着になったホーンシー（[[Hornsea]]）といった古馬が出てきた。

　当時の一般的な見方では、3歳の7月に2マイル半の距離で古馬にかなうわけがない。3歳馬エリスの負担重量が古馬よりも1ストーン（6.35kg）以上軽いことにもそれが表れている。

　しかしエリスはホーンシーにこそ敗れたものの、2着に入り、この時期の3歳馬としてはじゅうぶんな距離能力があることを示した。ロッキンガムは着外だった。

　このグッドウッドカップのあった日、エリスはもう1回レースに出た。午後に行われるレーシングS（Racing Stakes）という1マイル戦で、さすがにこれは簡単に勝った。このレースで2着にはいったザドラマー（[[The Drummer]]）はエリスの僚馬である。

　グッドウッド開催が終わると、[[ルイス競馬場]]に転戦した。ルイス競馬場はグッドウッドから東へ20マイルほど（約37km）のあたりにあり、グッドウッドと同じくイングランドの最南部にある。エリスはここで8月10日に1マイル半（約2414m）のルイスSに出て古馬を相手に勝った。負かした相手の中にはロッキンガムもおり、2着馬もエリスより21ポンド（9.5kg）も斤量が軽かった。

{{Template:Result
|年月日 = 1836.7.27
|競馬場 = [[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]
|レース名 = ドローイングルームS<br>Drawing-room Stakes<ref group="†">「Drawing-room」は直訳すると「客間」。</ref>
|距離 = ？<ref group="†">「Drawing-room Stakes Course」とある。</ref>
|m = 
|賞金 = 1着460ソブリン<ref group="‡">申込料25ソブリン。23頭が登録したため、25*23=総額575ソブリン。これにボーナス10ソブリンが加わり、総計585ソブリン。2着馬には100ソブリンが支払われ、残りは1着馬の総取り。ただし、1着馬の馬主は審判に25ソブリンを支払う。</ref>
|頭数 = 8
|オッズ = 1対2
|倍率 = 1.5
|人気順 =1
|ストーン = 8st7lbs
|lbs = 119
|Kg = 53.97
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 
|着差 = 3馬身
|2着馬 = Magician
|2着斤量 = 
|3着着差 =
|3着馬 = Esmeralda
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1836.7.29
|競馬場 = [[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]
|レース名 = '''[[グッドウッドC]]'''<br>'''Gold Cup'''<ref group="†">一般的には「グッドウッドカップ」と呼ばれているが、グッドウッド競馬場では単に「ゴールドカップ」である。</ref>
|距離 = 2M5F<ref>当時の表現では「カップコース」</ref>
|m = 4224
|賞金 = 1着1100ソブリン<ref group="‡">300ソブリン相当の金杯に加え、主催者から100ソブリンと登録料20ソブリン×申込40頭＝800ソブリンの合計900ソブリン。900ソブリンのうち100ソブリンは2着馬に支払われ、残りの800ソブリンが勝ち馬に支払われる。</ref>
|頭数 = 10
|オッズ = 7対4
|倍率 = 2.75
|人気順 =2
|ストーン = 7st9lbs
|lbs = 107
|Kg = 48.53
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 2
|1着馬 = [[Hornsea]]
|1着斤量 = 122
|着差 = 3馬身
|2着馬 = Elis
|2着斤量 = 107
|3着着差 =
|3着馬 = Bamfylde
|3着斤量 = 113
}}

{{Template:Result
|年月日 = 1836.7.29
|競馬場 = [[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]
|レース名 = レーシングS<br>Racing Stakes
|距離 = 1M<ref group="‡">「Drawing-room Stakes Course」の「後半1マイル」</ref>
|m = 1609
|賞金 = 1着120ソブリン<ref group="‡">申込料20ソブリン×6頭</ref>
|頭数 = 
|オッズ = 10対1
|倍率 = 11.0
|人気順 =
|ストーン = 8st13lbs
|lbs = 125
|Kg = 56.69
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 125
|着差 = 
|2着馬 = [[The Drummer]]
|2着斤量 = 119
|3着着差 =
|3着馬 = Taglioni
|3着斤量 = 116
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1836.8.10
|競馬場 = [[ルイス競馬場|ルイス]]([[e:Lewes|Lewes]])
|レース名 = ルイスS<br>Lewes Stakes
|距離 = 1.5M
|m = 2414
|賞金 = 1着685ソブリン<ref group="‡">1次登録5ソブリン×44頭、2次登録20ソブリン×20頭、合計620ソブリン。これに100ソブリンを加えた720ソブリンが賞金の総和。ここから2着馬に25ソブリン、審判に10ソブリンを支払い、残りの685ソブリンが1着馬の賞金。</ref>
|頭数 = 9
|オッズ = 2対1
|倍率 = 3.0
|人気順 =1
|ストーン = 8st3lbs
|lbs = 115
|Kg = 52.16
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 115
|着差 = 
|2着馬 = Hock
|2着斤量 = 94
|3着着差 =
|3着馬 = Olympic
|3着斤量 = 113
}}

<references group="‡"/>
====セントレジャーへ？====
　ダービーを勝ったベイミドルトンが早々と[[セントレジャー]]不参戦を表明したので、実力からいって9月20日のセントレジャーの最有力馬はエリスということになった。

　それなのに、エリスはレースの1週間前になってもまだ[[グッドウッド競馬場|グッドウッド]]にいた。一説では、ドンカスター競馬場の主催者にエリスの人気を尋ねたのに教えてくれなかったとかで、エリスをセントレジャーに出さないぞ、と競馬場側に脅しをかけていたらしい。イギリスでは競馬場ごとに運営者が違っている。ダービー馬が来ないのに、エリスまで参戦しないとなれば、客の興味も落ちるしレースの権威も下がる。ドンカスター競馬場にとっては痛い。しかし、このあと起きたことを考えれば「賭け率を教えないとセントレジャーに出さないぞ」というのはブックメイカーの目を逸らすための詐術だったのだろう。

　当時、競走馬が遠くの競馬場へ遠征する場合の移動手段は徒歩だった。しかも、大切な競走馬が怪我をすることがないように、ふつうの乗馬での移動よりもずっとゆっくり、慎重に歩いて行くのだった。グッドウッドからドンカスターまでは直線距離でも170マイル（約280km）、実際の距離で250マイル（約400km）離れており、これは府中競馬場から京都競馬場ぐらいの距離に相当する。だから、250マイル離れたドンカスターまでは、普通は片道3週間かかるのである。

　そんなわけで、セントレジャーの1週間前の時点でグッドウッドにいるエリスが、セントレジャーを勝つ可能性など皆無だった。そもそも移動が間に合うはずがないし、仮に全速力で250マイルを走っていけば出走前には競馬場に着くかもしれないが、到着した頃には疲労困憊で、ただでさえ夏競馬で短期間に4戦もしたのに、セントレジャーでまともなレースができるはずもない。

　はじめは本命視されていたエリスだが、セントレジャーが近づくに連れてエリスの前売りの人気は下がり続け、12対1まで落ちた。そこでベンティンク卿は、勝つ見込みが無いはずのエリスに1000ポンドも賭けると言った。賭けを受けるブックメイカーは訝しがったが（なにか裏が有るかもしれない）、間違いなくエリスがいまだにグッドウッドにいることをしっかり確認したうえで、ベンティンク卿の賭けを受けた。常識で考えてエリスが勝つはずがない。

====史上初の馬運車====
{| style="float:right;width:360px;margin-left:1.0em;margin-top:0.6em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|[[ファイル:Elisandhisvan1200.jpg|360px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|[[エイブラハム・クーパー]]による『エリスと馬運車』（1836年）。エリスに乗っているのが[[ジョン・バーラム・デイ]]騎手。右端が馬運車を考案したジョン・ドゥ調教師。左奥で馬運車から降りてくるのがエリスの僚馬ザドラマー([[The Drummer]])。
|}
　レースの後になってわかったことだが、エリス陣営には世間をあっと言わせる秘策があった。

　実はベンティンク卿はロンドンのヘリング社に依頼し、こっそり6頭引きの巨大な馬車を作らせていたのだった。天蓋がついて外からは全く中が見えない特注馬車には、2人分の座席があって、揺れが最小限になるように荷台の下にはスプリングも入れられていた。荷台の中はしっかりと整えられていて、狭いながらもさながら「車輪のついた厩舎」だった！

　ヘリング社にはしっかり握らせて口止めした上で、ベンティンク卿はこの馬車にエリスと帯同馬のザドラマー（[[The Drummer]]）を乗せた。記録では、馬車は11時間35分で95マイルを駆けた。旅は順調過ぎて、時々休憩をはさみながら、[[リッチフィールド競馬場]]に立ち寄って調教をこなす余裕があった。『エリスと馬運車』は、エリスがこの有名な馬運車から降りてくるところを描いたものである。結局、3週間要するはずの250マイルの道のりを、3日かからず走破してドンカスターに到着した。

　しばしば、これが'''史上初の馬運車'''だったと紹介されている。だが実際にはそうではなかった。この馬運車作戦を提案したのは、エリスの調教を引き継いだジョン・ドゥ調教師なのだが、ドゥ師は20年前にいちどこれをやったことがあったのだ。当時、畜産業者のテリット氏（Mr.Territt）という馬主がいた。テリット氏は肥育した牛を市場へ出荷するのに荷馬車を使っており、ドゥ師はこれを改造した馬車で競走馬をチェルトナムからニューマーケットへ運んだのだ。ドゥ師は揺れで馬がバランスを崩して足を怪我しないよう、車軸と荷台の間にはバネを効かせて、馬車を3頭の重種馬に牽かせて、ソヴリン（Sovereign）という馬を競馬場へ届けた。この荷馬車隊を「ユニコーン隊」と呼んだそうだ。馬車は1日40マイルのペースで進み、無事にニューマーケットに到着したが、肝心のレースでは勝てなかったそうだ。

====セントレジャー====
{| style="float:right;width:360px;margin-left:1.0em;margin-right:0.0em;margin-top:0.6em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.10 )"
|-
|[[ファイル:Eliscaravan.png|360px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|エリスを載せた馬運車
|}
　どう考えてもエリスがレースに間に合うはずがないのに、一向に出馬取消の手続きが行われないので、ドンカスター競馬場の賭け場にたむろする連中はエリスの馬券の扱いに困っていた。賭け率は12対1（13.0倍）まで上がったが、レースに間に合わなければ紙くずになるし、「宝くじ」みたいなものだと言われた。エリスを<ruby><rb>出走させる</rb><rt>to go</rt></ruby>のか、<ruby><rb>取り消す</rb><rt>not to go</rt></ruby>のか、「馬主」のリッチフィールド卿の去就が賭場の注目を集めた。その間にベンティンク卿はまんまと、たっぷりエリスに賭けていた。

　遂にエリスを載せた「馬運車」がドンカスターに着き、直前の調教で万全の動きを見せると、賭場は恐慌状態になった。ものの30分でエリスのオッズは7対2（4.5倍）まで下がったが、時既に遅しというべきだっただろう。

　記録によれば、ドンカスターのある北イングランドで“魔術師”と呼ばれていた[[ジョン・スコット]]調教師のスクロギンス（[[Scroggins]]）という馬が、オッズのうえでは6対4（2.5倍）で本命だった。しかしながら、レースはエリスの独壇場だった。

　2、3回スタートをやり直しがあったあとで（当時としてはごく当たり前）、スタートが揃ってレースが成立した。はじめの2ハロンばかりは各馬が団子で進み、人気のない馬がちょろちょろしていた。が、<ruby><rb>最初のコーナー</rb><rt>the Red-house turn</rt></ruby>の手前で、ジョン・デイ騎手はもうつきあいきれないといった感じでエリスを先頭に立たせると、あとは2400メートルほどを軽快に走り、追われることもなくたっぷりと余裕を残してそのままゴールした。

　2馬身差の2着争いのほうは壮絶な叩き合いになり、<ruby><rb>全く並んで</rb><rt>neck to neck</rt></ruby>ゴールした。大観衆は牝馬のビーズウィング（[[Bee's Wing]]）が有利とみたが、審判はスクロギンス2着と裁定した。残りの11頭はさらに大きく離されてゴールした。このビーズウィングという牝馬は、　―　しばしば「Beeswing」と綴られる　―　のちに[[ドンカスターカップ]]4勝、9歳で[[アスコット金杯]]制覇など51勝をあげ、「北イングランドの女王」と呼ばれるようになる馬である。さらに、繁殖牝馬となって、チャンピオン種牡馬にもなる[[ニューミンスター]]（[[Newminster]]）を産む。

　エリスにセントレジャーの大勝利をもたらした「馬運車」はイギリス中のホースマンのあいだで話題になり、以来、これを真似するものがたくさん出るようになった。当時はエリスの馬主はリッチフィールド卿ということになっていたから、この作戦を考え、馬券でも大儲けをしたベンティンク卿の存在は関係者しか知らないことだった。そのベンティンク卿はこのレースで24,000ポンドの大儲けをした、と伝えられている。この年のダービーの賞金が3700ポンドだったので、現在のダービーの賞金130万ポンド（約2億5000万円）と比べると、当時の2万4000ポンドはいまの15億円ほどに相当することになる。現在とは社会制度や物の価値が違うので簡単には比較できないが、当時、貴族の家で働く住み込みメイドの給料が年2ポンドほどだというので、庶民の年収の1万2000倍ということになる。

　エリスが出られないと踏んでエリスに高い倍率をつけた馬券を売ったブックメイカーたちは、とんでもない額の払い戻しをする羽目になった。現金が足りなくなって、払い戻しができなくなる業者もかなりの数にのぼったという。

{{Template:Result
|年月日 = 1836.9.20
|競馬場 = [[ドンカスター競馬場|ドンカスター]]
|レース名 = '''[[セントレジャー]]'''<br>Great St.Leger Stakes
|距離 = 14F132Yrds
|m = 2937
|賞金 = 1着3650ソブリン<ref group="‡">申込料50ソブリン×75頭、合計3750ソブリン。ここから2着馬に100ソブリン、残りの3650ソブリンが1着馬の賞金。</ref>
|頭数 = 13
|オッズ = 7対2
|倍率 = 4.5
|人気順 =2
|ストーン = 8st6lbs
|lbs = 118
|Kg = 53.52
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = '''1'''
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 118
|着差 = 2馬身
|2着馬 = Scroggins
|2着斤量 = 118
|3着着差 =
|3着馬 = [[Bee's Wing]]
|3着斤量 = 115
}}

<references group="‡"/>
====セントレジャー後====
{| style="float:left;width:260px;margin-left:1.0em;margin-right:1.0em;margin-top:1.0em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|-
|[[ファイル:Elisandbaymiddleton.jpg|260px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|デュークミカエルSに臨むエリス（前）とベイミドルトン（後）
|}

　セントレジャーでのセンセーショナルな勝利のあと、エリスは[[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]に戻り、<ruby><rb>10月第1開催</rb><rt>ファーストオクトーバーミーティング</rt></ruby>のグランドデュークミカエルステークス（Grand Duke Michael Stakes）に臨んだ。このレースには全部で23頭が登録していたが<ref group="†">別資料では24頭。</ref>、[[ベイミドルトン]]もこのレースに出走を表明するとほかの馬はみんな回避してしまい、レースは2頭立てで事実上のマッチレース<ref group="†">もちろん、本当のマッチレースというのははじめから2頭だけで争うことで企画されるので、このデュークミカエルステークスを「マッチレース」ということはできない。</ref>となった。

　人気はベイミドルトンのほうがうえで2対5（1.4倍）となった。観衆は2頭が競り合ってレコード決着になった2000ギニーの再現を予想したが、その期待は裏切られ、レースはお互いの出方を伺いながらひどくゆったりと進んだ。<ruby><rb>“ザ・ブッシュ”</rb><rt>残り3ハロン</rt></ruby>を過ぎた下りでベイミドルトンが先に仕掛けて少し前に出た。エリスのデイ騎手は激しく鞭と拍車を入れたが、ベイミドルトンにも鞭が入り、2頭の差は縮まらなかった。デイ騎手は勝負をあきらめ、そのままゴールした。審判が下した着差判定は1馬身だった。

　エリスはこのあとホートン開催（11月3日）の10ハロンのステークス戦に出た。背負う斤量が8ポンド（約3.6kg）軽いミスターワグス（Mr.Wags）が楽に逃げたが、エリスのデイ騎手は、楽に2、3馬身差をつけて差し切れるだろうとたかをくくって悠然と構えていた。ところが坂を登ってもミスターワグスの脚色は衰えず、デイ騎手は慌ててエリスを追い出した。最後はなんとか並びかけ、同着に持ち込むのが精一杯だった。両者の馬主は話し合いの結果、決勝戦は行わずに賞金を二分した。

　この年、エリスの活躍で、父ランガー（[[Langer]]）はイギリスの種牡馬ランキングで2位になった。首位はサルタン（[[Sultan]]）だったが、サルタン産駒の勝利数が20勝だったのに対し、ランガー産駒は24勝をあげている。

{{Template:Result
|年月日 = 1836.10.
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = '''デュークミカエルS'''<br>Grand Duke Michael Stakes
|距離 = 
|m = 
|賞金 = 賞金総額1200?ソブリン<ref group="‡">申込料50ソブリン×23頭、合計1150ソブリン。2着馬の賞金不明。出走馬24頭とも。</ref>
|頭数 = 2
|オッズ = 
|倍率 = 
|人気順 =2
|ストーン = 8st7lbs
|lbs = 119
|Kg = 53.97
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 2
|1着馬 = [[Bay Middleton]]
|1着斤量 = 119
|着差 = 1馬身
|2着馬 = Elis
|2着斤量 = 119
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}
{{Template:Result
|年月日 = 1836.11.3
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = 一般ステークス<br>sweep stakes
|距離 = 
|m = 
|賞金 = ?<ref group="‡">申込料200ソブリン×?頭</ref>
|頭数 = 
|オッズ = 2/1
|倍率 = 3.0
|人気順 =1
|ストーン = 8st7lbs
|lbs = 119
|Kg = 53.97
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 1
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 119
|着差 = 
|2着馬 = Mr.Waggs(同着)
|2着斤量 = 111
|3着着差 =
|3着馬 = Muezzin
|3着斤量 = 107
}}

<references group="‡"/>

===4歳時（1837年）===
　古馬になったエリスは春にニューマーケット競馬場のクレイヴン開催に出た。まず、2歳の頃からたびたび対戦してきたスレインと300ギニーを賭けたマッチレースが組まれた。エリスは前年の終盤にベイミドルトンに負け、最後の出走ではミズターワグスという大したこと無い馬にまで同着を許しており、「ひょっとしてエリスはそんなに強くはないのかも」という疑いが浮上しつつあった。

　このマッチレースではスレインに7ポンド（3.17kg）のハンデを与え、エリスが119ポンド（53.97kg）、スレインは112ポンド（50.80kg）の斤量で出走した。走路はニューマーケット競馬場の「ディッチ・マイル・コース（1マイル」）」である。エリスはこの勝負に難なく勝って、エリスの能力を過小評価した世評を見返し、昨秋の失態はデイ騎手の騎乗ミスに過ぎないことを証明してみせた。

{{Template:Result
|年月日 = 1837.4.12
|競馬場 = [[ニューマーケット競馬場|ニューマーケット]]
|レース名 = マッチレース
|距離 = 1M
|m = 1609
|賞金 = 300ギニー
|頭数 = 
|オッズ = 1/3
|倍率 = 1.33
|人気順 =1
|ストーン = 8st7lbs
|lbs = 119
|Kg = 53.97
|騎手 = [[ジョン・デイ]]
|着順 = 1
|1着馬 = Elis
|1着斤量 = 
|着差 = 
|2着馬 = Slane
|2着斤量 = 112
|3着着差 =
|3着馬 = 
|3着斤量 = 
}}

　さて、この後エリスのまわりでおきたことは、競馬の予想のつかなさを典型的に表している。

　ライバルのベイミドルトンは脚元に不安が発症し、もはやレースに出るのは難しくなってきた。オーナーのジャージー伯爵はそのことを巧みに隠した上で、ベイミドルトンを売りに出した。これを4000ギニー（4200ポンド相当）の大金で購入したのが、エリスのオーナーであるベンティンク卿である。ベンティンク卿は、世代最強のベイミドルトンを手に入れて満足し、エリスは手放すことにした。

　実はエリスのほうでも調子を落としていて、ベンティンク卿はそれを隠したままエリスを[[シドニー・ハーバート]]に売却した。ベンティンク卿にしてみれば、欠陥品のエリスを高値で売り抜けて、エリスよりも強いベイミドルトンを手に入れたのだから、うまくやったとさぞやほくそ笑んだことだろう。エリスに乗っていたジョン・デイ騎手が新しく厩舎を開いて調教師業を始めたので、早速ベイミドルトンを預け、[[アスコット金杯]]を目指すことにした。ところが、もはやその脚はレースに出せるような代物ではないことが判明した。ベンティンク卿は「欠陥馬をつかまされた」のだ。デイ調教師はありとあらゆる方策を試してベイミドルトンの脚を治そうとしたが、徒労に終わった。ベイミドルトンはもはや競走馬として走ることはできず、結局ベンティンク卿はベイミドルトンを1回も競馬に出せないまま引退させるしか無かった。

　同じことは8月にエリスを買ったシドニー・ハーバートのところでも起きていた。この頃、エリスの姉の子（つまりエリスからみて姪にあたる）で、ヴァルチャー（[[Vulture]]）という牝馬<ref group="†">[[#母馬オリンピア]]参照</ref>が短距離で活躍し、当代きっての快速馬と評判になっていた。そこで、10月のニューマーケットで5ハロンのマッチレースをやろうという話になった。しかしエリスの調子は思わしくなく、これは実現しなかった。結局、エリスも1度もレースに出ないまま現役を退いた。

　ここまでであれば、ベンティンク卿もジャージー卿にうまくしてやられた、ということになる。ところが、ベイミドルトンは種牡馬になって何頭ものクラシックホースを出して、イギリスの種牡馬チャンピオンになった。その種付け料収入はベンティンク卿が死ぬまで、大いに彼を潤した。一方のエリスは種牡馬としては完全に失敗で、ドイツに売り飛ばされたのだった。

==種牡馬==
{| style="float:left;width:100px;margin-left:1em;margin-right:1em;background-color:rgba( 255, 255, 255, 0.25 )"
|-
|[[ファイル:Elis1833.jpg|360px|link=]]
|-style="font-size:0.8em;color:#2d3a49;"
|『ゲート脇に佇む栗毛のエリスとジョン・デイ・シニア騎手』[[John Frederick Herring Sr.]]の作品。
|-
|}
　エリスはウィルトシャー州のソールズベリーに近いウィルトンハウスに繋養され、種付料20ギニーをとる種牡馬になった。初年度に関しては、ライバルのベイミドルトンの種付け料は30ギニーだったが、まもなく10ギニーに値下げしたので、この点でははじめのうちエリスとベイミドルトンは互角だった。

　エリスの初年度産駒からは、早速2歳戦のチェスターフィールドSに勝ったパッション（Passion）が出て、さらにルーシーバンクス（[[Lucy Banks]]は[[クレイヴンS]]や[[グッドウッドS]]に勝った。それに引き換え、ベイミドルトンの産駒からはこれといった活躍馬が出ず、種付け料を下げざるを得なくなった。当初はエリスのほうが優れた種牡馬のようだった。

　しかし、そのあと両者の成績は完全に逆転した。エリスからは活躍馬がほとんど全く出ず、ベイミドルトンの産駒からは[[フライングダッチマン]]を筆頭に、数々の活躍馬が出て、イギリスのチャンピオンサイヤーに上り詰めた。エリスを売り払い、ベイミドルトンを買い入れたベンティンク卿を、先見の明があったと持ち上げるものもあったが、実際のところこれはたまたま偶然そうなっただけだろう。このあいだもずっと、ベンティンク卿はエリスの再来を求め、エリスの父ランガーを毎年10頭の自分の牝馬に種付けしていたのだから。

　エリスは種牡馬として失敗の烙印を押され、1844年にドイツに売却されていった。

　エリスの直仔では活躍したものは僅かだが、母の父としては多くの活躍馬を出している。特に、アレトゥーサ（Arethusa）という牝馬が産んだトラデューサー（[[Traducer]]）はニュージーランドの根幹種牡馬になり、その産駒[[Sir Modred]]はアメリカのチャンピオンサイヤーになった。ドイツ時代の産駒からは、ドイツやオーストリアのクラシックホースの母が複数出た。

===主な産駒===
*ルーシーバンクス（[[Lucy Banks]]、1839生、牝） - 1842年クレイヴンS（エプソム競馬場）、1843年[[グッドウッドS]]
*パッション（Passion、1839）- チェスターフィールドS
*ニードフル（Needful、1841） - レーシングS（グッドウッド競馬場）
*ナットボーン（[[Nutbourne]]、1842） - 1844年[[モールコームS]]、種牡馬。

===母の父として===
*Arethusa - 産駒に[[Traducer]]（ニュージーランドの歴史的名種牡馬）、[[Fernhill]]（[[グレートメトロポリタンH]]、[[グレートノーザンプトンシャーS]]）。
*Fatima - 産駒に[[Nuncia]]（[[グランクリテリウム]]）、[[Gouvieux]]（[[仏2000ギニー]]・[[リュパン賞]]）
*Violet - 産駒に[[Bessy Giles]]（[[独オークス]]）、[[Brigadier]]（[[墺ダービー]]）
*Reideben - 産駒に[[Lavant]]（[[独オークス]]）
*Lucia - 産駒に[[Fullsail]]（[[独オークス]]）
*The Landgravine - 産駒に[[Landgrave]]（[[ケンブリッジシャーH]]、ニューマーケットトリエニアルS）、[[Maid of Kent]]（古[[クレイヴンS]]）、[[Allington]]（[[コロネーションS]]）、[[Sittingborne]]（②ダービー、2000ギニー）、[[Hesse Homberg]]（ニューマーケットH、ブライトンS）
*Mary - 産駒に[[The Nigger]]（[[クリテリオンS]]）、[[Maidstone]]（プレンダーガストS）

==備考==
　ウェルバック・アビー酒造(Welbeck Abbey Brewery)がエリスから名をとったエール酒を2012年5月に発売している。

==情報源==
===日本語サイト===
*[http://www.jbis.or.jp/horse/0000926984/ JBIS]
===外国語サイト===
*[http://www.galopp-sieger.de/galoppsieger/en/pferd_html?pschl=ElisLangar Gallop-Sieger]
*[http://www.equineline.com/Free-5X-Pedigree.cfm?page_state=ORDER_AND_CONFIRM&reference_number=5321032&registry=T&horse_name==Elis%20(GB)&dam_name==Olympia%20(GB)&foaling_year=1833&nicking_stats_indicator=Y Equineline]
*[http://www.pedigreequery.com/elis Pedigree Online]

===日本語文献===
===英字文献===
*[http://www.tbheritage.com/Portraits/Langar.html Throughbred Heritage Langer]

==脚注==
===注釈===
<references group="†"/>

{{Reflist}}

==カテゴリー==
{{DEFAULTSORT:Elis}}
[[Category:イギリスの競走馬]]
[[Category:1833年生|英]]