ロシア皇太子H
ロシア皇太子ハンデキャップ Cesarewitch Handicap | |
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開催国 | テンプレート:Flagiconイギリス |
競馬場 |
ニューマーケット競馬場 ローリーマイルコース |
創設 | 1839年 |
2013年の情報 | |
距離 | 芝2マイル2ハロン(約3621メートル) |
格付け | - |
賞金 | 賞金総額25万ポンド |
出走条件 | 3歳以上 |
負担重量 | ハンデキャップ |
概要
1839年に創設された当時はイギリス国内で初めて、全国から競走馬を集めて行われるハンデ戦で、クラシック競走を終えた一流競走馬の目標の一つだった。
ハンデキャップ競走のため、イギリスの競馬の競走格付けからははずれているものの、賞金額は一部のG1競走よりも多い。ニューマーケット競馬場の公式サイトでも「G1競走」の欄にケンブリッジシャーハンデとともに掲載されているほか[1]、チャンピオンズデイ開催の目玉競走として紹介されている[2]。
特徴として、多頭数になることで知られ、過去の最多出走数は34頭である。多頭数のハンデ戦ということは勝馬の馬券の倍率が高くなるということであり、馬券を買うファンにも人気の高い競走である[3]。なお、ケンブリッジシャーハンデと“秋の二冠(Autumn Double)”をなしているが、最後に二冠を制したのは19世紀であり、わずか2週間ほどの間に倍ほどの距離の差がある競走を制するのは困難で、現在はあえて二冠に挑むものは稀である[3]。
レース名について
競走名の「Cesarewitch」は「ロシア皇太子(Цесаре́вич)」を英語風に綴ったものである。競走の創設に当時のロシア皇太子が関わったことからこの名がある。
「ツェサレーヴィチ」はロシア風の読み方であり、英語ではCesarewitchを「シザーウィッチ」のように読むため、この競走名は日本語では「シザーウィッチハンデ」や「シザーラウィッチハンデ」のように表記することもある。
ニューマーケット競馬場のローリーマイルコースで行われる。ローリーマイルコースは1マイル2ハロン(約2012メートル)の直線コースであるが、この競走のために作られた分岐コースがあり、これを特に「Cesarewitchコース」と呼ぶ。Cesarewitchコースはローリマイルコースで2000メートル以上の競走を行なう際に用いられる。
なお創設時は「ロシア皇太子ハンデキャップステークス(Cesarewitch Handicap Stakes)」の名称で行われたが、開催年によっては「ロシア皇太子ハンデキャップ」「ロシア皇太子ステークスハンデキャップ」など、正式名称は頻繁に変わっている。なかでも単に「Cesarewitch」という競走名で行われている年次も多く、近年はスポンサー名を冠した「Betfred Cesarewitch」(2011-2013)といった競走名で行われている[4]。本項ではこれらを一貫して「ロシア皇太子ハンデキャップ」と称することとする。
歴史
ロシア皇帝のアレクサンドル2世がまだ皇太子だった時期に、イギリスのジョッキークラブに300ポンドを寄付したことで、1839年に創設された。2マイル4分の1(つまり2マイル2ハロン、約3621メートル)のこの競走は、イギリス史上初めての全国的な意義を持つハンデキャップ競走だった[5]。同じ年に創設されたケンブリッジシャーハンデキャップ(9ハロン)と合わせて、“秋の二冠(Autumn Double)”と称し、イギリスの秋の代表的なハンデキャップ競走となった。
“秋の二冠”を初めて連覇したのは1876年のローズベリー(Rosebury)で、その後はフォックスホール(Foxhall、1881年)、プレザンテリー(Plaisanterie、1885年)が達成している。フォックスホールはパリ大賞典、ロシア皇太子ハンデキャップ、ケンブリッジシャーハンデキャップ、ゴールドカップを制したことで「当時ヨーロッパの最良馬」(『競馬の世界史』p138)との評価を獲得している。
1854年にはフランスのモナルク(Monarque)がフランス2000ギニー、フランスダービーなどを制してロシア皇太子ハンデに挑んだが敗退した[6]。
第二次世界大戦中は戦争の影響を受けた。1940年から1943年には2マイル24ヤードに短縮して開催され、1943年にはニューマーケット競馬場のほか、アスコット競馬場で「Ascot Cesarewitch」が、ストックトン競馬場では「Northern Cesarewitch」が行われた。翌1944年はニューマーケット競馬場では開催されず、アスコット、ストックトン両競馬場で開催された。
2011年からは「チャンピオンズデイ開催」に組み込まれ、デューハーストステークスとミドルパークステークスの間に行われている。古くはロシア皇太子ハンデが先、ケンブリッジシャーハンデが後に施行されていた。2013年現在では、ロシア皇太子ハンデは10月のチャンピオンズデイ開催に行われ、ケンブリッジシャーハンデは9月の「ケンブリッジシャー開催」の目玉競走となっている。
歴代勝馬
関連項目
- 大ロシア皇帝陛下プレート(アスコット金杯) - 1845年にロシア皇帝ニコライ1世が観戦し賞品を下賜したことから、「大ロシア皇帝陛下プレート」に競走名が改称された。1853年に勃発したクリミア戦争でイギリスとロシアが交戦したために、1854年以降はゴールドカップに改称した。
脚注
参考文献
- ロシア皇太子ハンデキャップの歴史 - 2013年10月25日閲覧。
- サラブレッド・ヘリテイジ ロシア皇太子ステークス歴代勝馬 - 2013年10月25日閲覧。
- 『競馬の世界史』ロジャー・ロングリグ・著、原田俊治・訳、日本中央競馬会弘済会・刊、1976
出典・注釈
- ↑ ニューマーケット競馬場公式HP ロシア皇太子ハンデ2013年10月25日閲覧。
- ↑ 2014チャンピオンズデイ開催について2013年10月25日閲覧。
- ↑ 3.0 3.1 ロシア皇太子ハンデキャップの歴史 - 2013年10月25日閲覧。
- ↑ ロシア皇太子ハンデキャップ結果一覧2013年10月25日閲覧。
- ↑ 『競馬の世界史』p140
- ↑ 『競馬の世界史』p181
関連リンク
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