レオ10世による贖宥状

この皇帝選挙の裏側ではもう一つ、フッガー家が暗躍した大きな出来事が起きていた。ブランデンブルク選帝侯位をもつ北ドイツのホーエンツォレルン家は、選帝権を有するもう一つの資格を手に入れようとしていた。それがドイツ教会の最高職であるマインツ大司教位である。ブランデンブルク選帝侯ヨアヒム1世の弟、アルブレヒトは、この位を手に入れるために教皇に金貨12,300枚を支払わねばならなかった。これを融資したのがフッガー家だった。

アルブレヒトにはこれを返済するだけの資産が無かったので、フッガー家は返済資金をかき集める手っ取り早い方法をアルブレヒトにアドバイスした。それが贖宥状の販売である。この贖宥状は「サン・ピエトロ大聖堂の建築資金」の名目で売り出されたのだが、実際には売上は最終的にフッガー家の懐に入ったのだった。

当時のザクセン選帝侯フリードリヒ3世は、これには眉をひそめ、ザクセン領内での贖宥状の販売を禁止した。ただし、ザクセン選帝侯が贖宥状の販売を禁じたのは、単なる宗教的な信仰心だけが理由ではなく、領地の経済を慮ってのことだった。選帝侯の領民が稼いだ金が、贖宥状の売上としてマインツ大司教のもとへ集まり、さらにローマに送られるということは、ザクセン選帝侯領の富がローマへ流失していることにほかならなかった。また、ザクセン選帝侯はヨーロッパを代表する聖遺物の収集家であり、それを見るために各地から巡礼者が集まってきていた。巡礼者が領内で費やす金はザクセン選帝侯領内の経済を潤していたのだが、贖宥状の販売はこれを妨げる危険性があった。贖宥状の販売はドミニコ会が請け負っており、これらの事情でザクセン選帝侯はドミニコ会の修道士を領内から追放したのだった。

そのザクセン選帝侯領内から、贖宥状の販売を厳しく批判する者が現れた。ザクセン選帝侯領の都であるヴィッテンベルクの大学の若い神学教授、マルティン・ルターである。ルターによる贖宥状批判は教会組織や教皇にまで及び、ドイツの宗教改革に火がついた。