それなら、見せてあげようか
皆鶴姫と人類が、共に歩んできた歴史を ―
時代は源平の頃だ。
数えきれないほど大勢の武者が、平氏と契約し、希望を叶え、
そして絶望に身を委ねていった。
清和源氏から始まり、頼朝に終わる、
これまで、数多の源氏の者たちが繰り返してきたサイクルだ。
皆鶴姫は、鬼一法眼の娘だった。
君は鬼一法眼を知っているかい?
京都の高名な陰陽師で、そして、剣術の神と言われた伝説の魔人さ。
鬼一法眼は、中国を代表する兵法書『六韜』をマスターしていた。
なぜ鬼一法眼だけが、これほどの素質を備えているのか、
理由は未だにわからない。
鬼一法眼は、京都の山奥にある鞍馬寺に出入りしていた。
修験者だからね。
鞍馬寺。
鞍馬山の斜面にあって、京の都からは近くて遠い、山奥の僻地さ。
君も見ただろう?
1170年のことだ。
牛若丸という11歳の少年が鞍馬寺に預けられた。
君なら既に知っているんじゃないかな?牛若丸の正体を。
やっぱりね。どこでその知識を手に入れたのか、
僕はとても興味深い。
牛若丸は鞍馬寺で遮那王と名乗った。
炎髪灼眼の討ち手じゃないよ。それはまた別の世界のお話しさ。
遮那王は、滅びかけた源氏の棟梁・源義朝の忘れ形見さ。
その遮那王が、皆鶴姫に出会ってしまったんだ。
その結果、決して絡まるはずのなかった源氏世界の因果線が、
全てこの時間軸の皆鶴姫に連結されてしまった。
意外な展開ではないよ。予兆は随分前からあった。
どうしてか知らないが、
遮那王は皆鶴姫が鬼一法眼の娘であることを知っていた。
遮那王にとって皆鶴姫は、
『六韜』を手にするための最高の存在だった。
皆鶴姫はなにしろ第二次性徴期を迎えたばかりの田舎の少女だ。
都会慣れした遮那王にとって、彼女を騙して契約するのなんて、
造作も無いことだった。
そんなことは知らない皆鶴姫は、
「わたし、愛する遮那王を立派な武将にして名を上げさせたい」
という願いで契約し、魔法少女になったんだ。
やがてそこから災厄が生じるのは当然の摂理だ。
遮那王は、皆鶴姫を攻略してすべてのイベント絵を回収すると、
「あー 六韜ほしいなー どこかに六韜落ちてないかなー
どこかに六韜持ってる娘がいたら結婚するのになー」
と、皆鶴姫に語った。
皆鶴姫は、愛する遮那王のために、
父である鬼一法眼の秘中の宝、『六韜』を盗み出してしまったんだ。
遮那王は、皆鶴姫から『六韜』を受け取ると、
すぐにそれを持って鞍馬寺を抜け出し、奥州へ逃げてしまった。
もちろん皆鶴姫を置き去りにしてね。
その行為を残酷と思うなら、君には本質が全く見えていない。
彼女の祈りがエントロピーを凌駕して、願いが遂げられたんだよ。
この後、遮那王は源義経と名前を変えて、
騙しとった『六韜』を活用して
戦術の神として大活躍することになる。
歴史に転機がもたらされたんだよ。
もし彼女が『六韜』を遮那王に渡さなかったら、
君たちは今でも、裸で洞穴に住んでいたんじゃないかな。
けれど、残された皆鶴姫は罪人となった。
六韜を盗み、遮那王の京都脱出を手助けしたってことになるからね。
しかも間の悪いことに、彼女は遮那王の子を孕んでいた。
裏切り者の子さ。そんな彼女を、平氏が許すわけがないだろう?
あらゆる出来事の元凶としてね。
こんな当たり前の結末を裏切りだというなら、
そもそも、願い事なんてすること自体が間違いなのさ。
彼女は両親によって島流しにされた。
皆鶴姫は、
自分を裏切って捨てた遮那王を、自分を騙した遮那王を、
自分の若くて無垢な肉体を弄んだ遮那王を、
自分を捨てた両親を、憎んだ。
そして騙された己の愚かさを、呪わずにはいられなかった。
あたしって、ほんとバカ
皆鶴姫は魔女になった。
魔女は気仙沼の蜂ヶ崎(一景閣の対岸)に漂着する。
しかし村人は、流れ着いたのは魔女に恐れをなして、
船を再び沖へ押し戻してしまう。
再び船がたどり着いたのは、母体田という浜。
ここでも、村人は魔女から必死に浜を護ろうと戦った。
だが、皆鶴姫はその魔力で、仏祖の老夫婦にとりいって、
まんまと上陸し、老夫婦の家に住み着いた。
そこが気仙沼さ。
皆鶴姫は秋に子供を出産した。義経の子さ。
その後彼女は産後の肥立ちが悪く、死んだ。
彼女はただの概念に成り果ててしまった。
義経が住む平泉は、
この気仙沼からは約60里、馬で一日の距離だったが、
彼女は皆鶴姫は生きて二度と義経に会うことはなかった。
村人はその後、皆鶴姫を哀れんで丁重に葬った。
わりと救いのない話だな