トーク:モルトン/wiki quality
- 翻訳元 e:Malton, North Yorkshire(oldid=676932053)
- /改訂版
モルトン
- UK/イングランド
- Region/Yorkshire and the Humber(w:ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー)
- Shire county/e:North Yorkshire(w:ノース・ヨークシャー)
- shire_district /Ryedale
- 座標:N 54.139/W -0.792
- 人口:4888人
- constituency_westminster / Thirsk and Malton
モルトン(Malton)はヨーク地方の町である。
目次
地方区分
モルトンはイギリスの地方区分のなかでは、国:イングランド - 地方:w:ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー - 州:w:ノース・ヨークシャー - 郡:ライデール、となっている。
かつては「ヨーク州・北ライディング郡」(e:North Riding of Yorkshire)だった。
行政教区(civil parish)と選挙区( electoral ward)としては独立単位になっている。
モルトンにはライデール郡の郡庁(offices of District Council)が置かれている。人口は約13000人。教区・選挙区でみると人口は4888人(2011年)となっている。[1]
(イギリスでは1970年代からしばしば地方行政区分が変更されており、年代ごとの用語・訳語が複雑になっている。詳細はw:イングランドの行政区画・w:イギリスのカウンティ・w:イングランドのカウンティ・w:イングランドの都市および非都市カウンティ参照)
地理
ダーウェント川(River Derwent)の右岸(北側)にある。昔はダーウェント川がヨーク州の郡境になっていて、右岸(北側)が 北ライディング郡(e:North Riding of Yorkshire、左岸(南側)が東ライディング郡(e:East Riding of Yorkshire)だった。
ダーウェント川の対岸にはノートン(Norton)の町がある。かつての「モートン精肉社(Malton Bacon Factory)」(今は「カロー食品」(Karro Food Group))とか「モートン」駅、「モートン」バス停は実際にはノートン側にある。
モートンはこの地域の商業の中心地である。中心街には昔ながらの小売店が並んでいる。最近は市場周辺に終日営業のバーや喫茶店があり、w:パブのようになっている。
History
古代
モルトンでの最古の建造物は1世紀後半に遡る。
アグリコラ将軍が率いるローマ軍はブリタニア遠征によって1世紀にヨーク城塞(古名e:Eboracum)を作った。同じ頃に、付城としてデルウェンティオ(Derventio)砦が作られた。[2]
ここはダーウェント川の右岸に作られた。砦の周辺や川の対岸にも入植地が広がっていった。[3][4]
砦には「Ala Gallorum Picentiana(The Picentine Wing of Gauls)」という古代ローマ軍の1部隊が駐屯していた。(e:Derventio Brigantumも参照)
ここにはローマ人がイギリスを支配していた4世紀まで入植が続けられた。特にトラヤヌス帝、セウェルス帝、コンスタンティヌス大帝、テオドシウス大帝の時代にはw:黒玉の産地として知られており、特定の宝飾職人の個人名も記録されている。[3][3][5]
Medieval
11世紀に、ノルマン人が木造のモルトン城(e:Malton Castle)を建てた。これは今は城址公園(Castle Garden)になっている。
この城は後にユスタス・ド・ヴェシー卿(e:Eustace de Vescy)が石造りで建て替えており、1189年にリチャード獅子心王がこの地を訪れたときには既に石の城になっていた。
このほか、1307年にイングランド王エドワード2世、1322年にスコットランド王ロバート1世が当地を訪れている。城はその後廃れてしまった。[6]
城のあった場所は1544年に初代ユール男爵(e:William Eure, 1st Baron Eure)の授爵のときに男爵領となった。[原注 1]
1569年に3代ユール男爵(e:Ralph Eure, 3rd Baron Eure)が城跡に邸宅を建てた。邸宅は1602年に改築されたが、当時の初代スリングビー卿(e:Sir Henry Slingsby, 1st Baronet)は、新しい屋敷は有名なオードリー・エンド邸(e:Audley End House)などの当時の様々な邸宅に勝るとも劣らない豪邸だったと伝えている。[6]
屋敷は1674年に解体され、石材はユール家の2人の娘、パームズ家(e:Palmes family)に嫁いだメアリーとマーガレットに譲られた。二人は相続をめぐって争いになり、州長官のヘンリー・マーウッド(Henry Marwood)によって家を壊して二分しろと命じられたのである。客用の別棟だけが現存しており、当時のジャコビアン様式(e:Jacobean architecture)の『e:prodigy house』の面影や屋敷の規模の片鱗をいまに伝えている。[6]
18・19世紀
18世紀にはモルトンの商人たちが町の改善に大いに関心をはらったと伝えられている。
町の屠殺場は、今のモルトンタウンホテルのある場所の向かいだが、かつて聖ミカエル教会の北側にあって、そこは今も市場の中心になっている。
公会の場所は1749年に定められた。建物はもともとバター市場だった。バターは当時の農家の一番市場価値がある生産物だった。公会場所はその後何度も場所が変わった。
w:リーズとスカボローを結ぶ軽馬車便が開業すると、モルトンは食事休憩地として宣伝するようになった。
18世紀末、この地方一帯は飢饉に見舞われた。当時のフィッツウィリアム伯爵(Earl Fitzwilliam)という人物が出資して、モルトンの酒蔵で「滋味豊かなスープ(good strong soup)」を飢餓民に提供した。
1801年のモルトンの人口は3788人である。感化院には15人の年長者と17人の子どもが入所していた。
1809年にモルトンのホテル「ザ・タルボット」(The Talbot)が増築し、3階建ての母屋と道路向かいに新しい馬屋を新築した。
1814年に町の集会所が完成し、上流階級の社交場となった。1840年の『White’s Gazetteer』紙は次のように伝えている。「モルトンとその近郊は、集会所の建築と、1832年のガスの整備によって、ここ20年で飛躍的に発展した。」
1840年には『York Herald』紙は、洪水でモルトンの街灯が壊れたと報じている。
19世紀半ばから、この地方にも鉄道建築の熱が高まった。1845年にヨークとスカボローを結ぶ路線が開業し、1853年にはモルトンとドリフィールド(e:Driffield)を結ぶ支線(Malton and Driffield Junction Railway )が開通した。
ダーウェント川の水運は、昔のイギリスでは重要で、1725年頃には、物資を運ぶのにたくさんの艀が水路を通っていた。
水運は鉄道と競合した。鉄道は1810年以後、イェディンガム(Yedingham)まで延伸した。やがて鉄道会社が川の運行権を獲得し、水運は急ぐ場合に限っての利用とされるようになった。安価な石炭が鉄道で運ばれるようになると、鉄道会社は川の通行のための環境維持を怠るようになった。
Government
中世。
13世紀に、モルトン一帯には1つの小選挙区(parliamentary borough)が割り当てられた。1640年から1885年にも改めて制定されている。
この選挙区(the borough)は「ニューモルトン選挙区」(New Malton)と呼ばれていた。
選挙区の定員は2名だったが、1869年から1885年は1名になった。18世紀の議員には政治思想家のw:エドマンド・バークがいる。
いまは保守党のアン・マッキントッシュ(e:Anne McIntosh)がモルトン選出議員(2010年から2015年の任期)である。
Today
いまのモルトンの主な見どころは、「オーチャード野(Orchard Fields)」にある古代ローマの城址、モルトン修道院(e:Malton Priory)、ギルバタイン修道院(e:Gilbertine)である。
軍隊をテーマにした博物館のキャンプ・エデン(e:Eden Camp)は町のすぐ外にある。
モルトン博物館はヨーカーズゲート通り(Yorkersgate)にある。[7]
町には映画館、ショッピングモール、小売店、商店街、カフェ、パブ、レストランがある。
町はヴィクトリア時代の小説家w:チャールズ・ディケンズとの関連で知られている。ディケンズは友人のチャールズ・スミソン(Charles Smithson)を訪ねて定期的にモルトンに来ていた。ディケンズの『クリスマス・キャロル』はモルトン滞在中に書き上げたものである。
ディケンズにちなんだ催事が近年行われている。モルトンとその隣のオールドモルトン村(village of Old Malton)では、この作品中に出てくる台詞「ヨークのクリスマスでは、すべてが輝いている(All is Bright - A Yorkshire Lad's Christmas)」を再現している。
2013年9月に、ライデール郡役場は、地域活性化の戦略を発表した。この計画では、モルトンとノートンの2町を郡の中心町(Principal Town)とする。この計画では、モルトンをこの地域の文化・経済の歴史的な中心地とする。2027年までに、両町で住宅地を新たに整備し、小売業の雇用を促進し、経済的成長を狙っている。計画では毎年200軒の住宅を新たに整備し、2012年から2027年までで郡全体で最低3000軒の新築住宅を確保する。そのうち約半数はモルトンとノートンに建てる。雇用のための開発はモルトンに集中する。2027年までに、郡内に37ヘクタールの土地が必要で、そのうち8割は両町に確保する。ライデール郡の商業の中心はモルトンとし、郡の住民に買い物、職場、レジャーや文化活動の場をモルトンに確保する。[8]
モルトンでは毎週土曜日に市が立つ。農産物の直売市は毎月開かれる。モルトンには戦争の記念地や、歴史的な教会がいくつかある。ノートンにも大きな教会がある。モルトン駅もある。
モルトン駅はヨークとピカリング(e:Pickering, North Yorkshire)を結ぶ中ほどに位置する。ピッカーリングはノースヨークムーア国立公園(e:North York Moors)へ行く鉄道路線(e:North Yorkshire Moors Railway)の起点駅である。このほか、スカボロー、ファイリー(e:Filey)、ウィットビー(e:Whitby)へ行く際の中継地でもある。リーズとスカボローを結ぶ「白薔薇のみち」(e:The White Rose Way)はモルトンを通っている。
モルトンとノートンは競走馬の育成で重要である。両町の近傍にはたくさんの調教厩舎がある。2013年8月の「モルトン厩舎公開祭」(Malton Stables Open Day)では、19の厩舎が公開された。作家のノーマン・メイランド(Norman Maitland)はモルトンの競馬史を「長年に渡り、ここはヨーク地方の中心である」と表現している。このあたりでは少なくとも1692年には競馬が行われていたと記録されている。
モルトンは2014年3月の『e:サンデー・タイムズ』の人気投票で「イギリスで一番すんでみたいところ」の一つに選ばれている。
300年来続くフィッツウィリアム・モルトン不動産は、モルトンの近郊で農地、商業地、住宅地を所有している。1713年には、トマス・W・ウェントワース(Hon Thomas Watson Wentworth)がモルトンの荘園を買い取り、それ以来、町とウェントワース一族とのつながりがある。一族にはウェントワース家、ワトソン=ウェントワース家、ウェントワース=フィッツウィリアム家、ネイラー=レイランド家がある。1713年以来のことをまとめた本『300年の伝統:18世紀から現在までのモルトンでの一族の歴史(300 years of continuity and change: families and business in Malton from the 18th century to the present)』が2013年に出版された(要出典)。
We Love Malton
「We Love Malton」というキャンペーンは2009年3月に始まった。これはモルトンを「食の町」として活性化することを狙ったもので、移住者・旅行者の両方を獲得しようというものである。2015年5月23-24日には、「食の祭典(Food Lovers Festival)」が催され、ゲストにLevi Roots、Prue Leith、Valentine Warnerが呼ばれた。2016年の催しは5月28-29日に開催される予定。
Malton Community Interest Company (Malton CIC)
モルトンCICは、2011年に設立された。この組織は地域の寄付で成り立っていて、ライデール郡書店祭(Ryedale Book Festival)をやっている。このほか、モルトンの市場で2時間無料の駐車場を運営している。月に一度の食品の市場開催や、食の祭典も援助している。
Religion
国教の聖ミカエル教会(St Michael's)、カトリックの聖レオナルド・メアリ教会(St Leonards with St Mary)ほか、いくつかの教会がある。
Education
中等教育を行う学校が2校ある。1547年開校のモルトン校(e:Malton School、11-18歳が対象)、ノートン校(e:Norton College、対象年齢はe:Sixth form参照)である。
初等教育を行う学校は聖メアリ教会の附属小学校、ノートン町立小学校、モルトン町立小学校である。
Climate
他の地域同様、モルトンは海洋性気候で、夏冬はさほど厳しくない。最寄りの気象台はモルトンから6マイル(約10km)ほど東のハイモーソープ(High Mowthorpe)にあるが、標高差があるため、年間を通してハイモーソープ気象台の数値よりも少し温かい。
Transport
リーズからヨークを経てスカボローに至るA64号線(e:A64 road)はモルトンの中心部を迂回している。モルトンにはA169号線とのジャンクションがあり、こちらはモルトンからピカリングを経てウィットビーへ繋がっている。
モルトン駅はペナイン横断急行(e:TransPennine Express)の停車駅になっていて、スカボロー始発の特急が1時間に1本走っている。特急はスカボローからモルトン、ヨーク、リーズ、マンチェスターを経由してリバプールまで行く。モルトンからロンドンのw:キングス・クロス駅への最短所要時間は、ヨークでの乗り換えが1回あって、約2時間33分である。モルトンからリーズまでは51分である。モルトンとピカリングを結んでいた廃線を復活させようという計画があり、そうすると北ヨーク高原鉄道(e:North Yorkshire Moors Railway)を経由してモルトンからウィットビーまで、約32マイル(約51km)が鉄路で繋がることになる。
モルトンのバス停はトランスデヴ社のバス部門が運行する高速バス(Coastliner)が走っている。高速バス便はリーズ行き、ヨーク行き、ピカリング・ウィットビー行き、スカボロー行き、ブリッドリントン行きがある。路線バスはハワード城(e:Castle Howard)行き、ホビンガム(e:Hovingham)行きなどの路線がある。
See also
Notes
References
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite PastScape
- ↑ 3.0 3.1 3.2 Jones, R. 2009. Roman Malton. Malton: Malton Museum
- ↑ テンプレート:Cite PastScape
- ↑ Collingwood, R.G. and Wright, R.P. 1965. The Roman Inscriptions of Britain". Oxford: Claredon Press. no.712
- ↑ 6.0 6.1 6.2 テンプレート:Cite web
- ↑ http://www.maltonmuseum.co.uk/
- ↑ http://extranet.ryedale.gov.uk/PDF/Local_Plan_Strategy_text_only_version_5_sept_13.pdf.
- Derventio - (Malton) Roman Fort and Civilian Settlement L. Peter Wenham (Cameo Books 1974)
- The Romans In East Yorkshire John H. Rumsby, English Life Publications 1980
- Mosaic – the Pavement that Walked Clive Ashman (Voreda Books, London, 2008: ISBN 978-0-9556398-0-7)
- 300 years of continuity and change: families and business in Malton from the 18th century to the present. Norman Maitland, published by Malton CIC in 2013.
External links
- {Commons category-inline|Malton, North Yorkshire}}
- Malton on Ryedale.co.uk
- Malton Mercury Newspaper
- Malton Museum
- We Love Malton
{Portalbar|Yorkshire|England|United Kingdom}} {North Yorkshire|state=collapsed}}
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[Category:Malton, North Yorkshire| ]]
[Category:Market towns in North Yorkshire]]
[Category:Civil parishes in North Yorkshire]]
[Category:Towns in North Yorkshire]]
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