ミセスマカディー
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日本で短距離血統として人気だった*トライバルチーフ産駒のミセスマカディーは、1977年に1000ギニーを2馬身ちぎって勝ち、距離が明らかに長かったオークスで惨敗した。
そのあとクラシックウィナーとしては異例なことに、ニューマーケット競馬場の1マイルのハンデ戦(Fen Ditton Stakes)に出た。ミセスマカディーは133ポンド(60.32kg)を背負って古牡馬勢を相手に圧勝した。この年の秋にミセスマカディーはストレンゾールSに出て、1馬身半差で勝っている。
このあとミセスマカディーは売りに出され、最高価格記録を更新する15万4000ポンドでアメリカのバイヤーに購入されていった。アメリカでは5戦したが未勝利におわった。
繁殖牝馬になったミセスマカディは何頭かの子を産み、その中からオセアニアで種牡馬として成功したシティダンサー(Citidancer)や日本に種牡馬として輸入されたが奮わなかった*アーティカスなどを出している。ミセスマカディは1980年代の終わりに日本の大樹ファームが獲得し、輸入した。*ノーザンテーストを配合されて牝馬アドマイヤマカディを産み、アドマイヤマカディはGI2勝のアドマイヤコジーンを出した。