NHKの大河ドラマ『太平記』では、主役の足利尊氏が真田広之、千種忠顕が本木雅弘、北畠顕家が後藤久美子とイケメン揃いで、足利の武将佐々木判官が陣内孝則、ヒロインに宮沢りえ、その兄に柳葉敏郎というトレンディドラマ布陣だった。そこへもってきて楠木正成が武田鉄矢で後醍醐天皇は片岡孝夫というのはいいのだが、名和長年は小松方正が汚い田舎の組長といった風情全開で演じていたのがアレだった。名和長年を石田純一あたりが演じていれば、きっとイメージは全然違っていただろうに。 太平記は「兵力」についてものすごい誇張がある書物で、20万の軍勢とかがバンバン出てくる。たとえば初期に行わた千早城の戦いでは、急ごしらえの山城に立て籠もった楠木正成の軍を幕府軍が攻めたのだが、このとき楠木正成の兵1000はともかくとして、幕府軍は100万だという。100万ですよ100万!関ヶ原の戦いですら、東西両軍あわせて20万てとこなのに、さすがに100万は大ぼら吹きもいいとこでしょう。そうすると、船上山の名和勢150とか、隠岐守佐々木勢3000とかもどうなんだろうと言う話になるけれど。 さて、名和というところは、中国地方最大の山である大山の北の麓にあり、海に面している。大山は火山だけれど、活動したのは1万年前までということで、古い。いわゆる死火山である。その山裾に降り積もった火山灰は、1万年をかけて肥沃な黒ボクに変化していて、これが大山に発する急流が削って運び海に出る。そういう栄養豊かな土によって、名和の沖合は豊かな漁場になっていて、海に面した漁師村が発展したのである。
![]() これが名和神社の入り口。 みるからに立派な参道と鳥居だ。両側に側道を侍らせている感じとか、神社優先の都市計画を感じさせる。さすが国費で造られた神社は違う。
さて、この神社は、南北朝時代の朝臣・名和長年を祀っているのだが、室町時代には「足利様に楯突いたやつ」なのだからまだ祀ることはできない。(こっちに言わせればそっちが賊軍だよ!) 祭祀が始まったのは江戸時代になってから。最初は、かつての名和氏の館の跡地でひっそり「氏殿権現」といって祀られたのだという。「氏殿」というのは、長年のことを地元の人が「氏の殿」と呼んでいたことに由来するそうだ。 この小祠を見出して移したのが、鳥取藩主池田光仲公の時代の家臣、大窪友尚である。大窪は汗入・八橋・久米の三郡の奉行であり、名和は汗入郡に属していた。(明治時代に汗入郡と、お隣の会見郡が合併して西伯郡になった。)大窪は主君・光仲に建言して日吉坂 に社を移し、その後も神像を寄進するなどして、名和長年の顕彰に腐心した。 いまの名和神社は、明治時代に国費によって現在の長者原 の地に移転してきた。長者原はかつて名和氏の倉があった場所だそうだ。昔の氏殿社の場所(日吉坂)には、いまも氏殿神社 という小祠があり、名和一族が弓矢の修練に使ったという石や、藩政時代に奉納された石碑がある。その石碑は、初代鳥取藩主から最後の鳥取藩主が関わり、そして水戸黄門や徳川慶喜も関わっているという、驚きのいわくつきの石碑である。
一方、もうちょっと古い『延喜式』(延長5年、927年)では、山陰道のこのあたりに「和奈」という駅があることになっている。この「和奈」と『和名類聚抄』の「奈和」の関係についてはよくわかっていない。よくわかっていないが、きっと誤記だろうと考えられている。 名和神社の境内の発掘調査などでは、焼米や「財」の鋳がある銅印がみつかっている。焼けた米が出てくるのは、名和長年が船上山にこもる際に、持っていけない米を倉ごと焼きはらった時のものだとか。しかし、古代の「和奈駅」の直接の証拠となるような遺構は見つからなかった。 【鳥取県神社庁誌データ】
【関連神社】 |
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参拝日:2008年08月20日 |